企業の名作広告キャッチコピーに見る時代の変遷【キャッチコピー年表 vol.0】
諸説ありますが、日本最古のキャッチコピーは平賀源内による「土用の丑の日」だといわれています。そもそも鰻の旬は冬。江戸時代は夏場に食べる習慣がなく、売上が落ちてしまうと嘆いていた鰻屋の店主のために考案された言葉だそうです。
当時から丑の日に「う」のつくものを食べると体によい、という風習はあったようですが、鰻は高価ということもあり、それと結びつけられることはなかったそう。そこで店頭に「本日土用丑の日」と張り出し、鰻を食べることを促したら見事にお客様が戻ってきたということで、まさしく広告の意図をもったキャッチコピーといえるのです。
その後は私たちの知るように、現代に至ってもなお「土用の丑の日に鰻を食べる」という慣習は続いています。もしかしたらこんなにも時代を越えて長く続くブームはないかもしれません。
これはキャッチコピーがいかに人に行動を起こさせるか、というひとつの例ですが、もしかしたら同じ内容であっても違う言葉を用いて表現していたら同じ結果は得られなかった可能性もあります。
時代や場所、環境によって文化も流行も変わるということは、それぞれ響く言葉も変わるということです。それでは、具体的に近年のキャッチコピーにおける表現の移り変わりについて考えてみましょう。
目次
「新しい」はいずれ「古い」に
広告というのは基本的に、新しいことを謳う場だといえます。これだけさまざまなものが飽和状態にある時代に、その商品やサービスを宣伝するのは、他社のものと比べて新しい魅力を持っている自負があるからだと思うからです。
それは、従来のものであれば2つボタンを押さなくてはいけないところを1つに省略した、といった開発に関わる部分かもしれないし、新しく駅前に新店舗をオープンしたという利便性かもしれません。なんにせよ、なにかしら新しい面があるから、それを伝えるために広告を作るのだと考えます。
現に、こんなにもモノやコト、情報に溢れかえる以前は、今の生活と結びついているあらゆるものが新しかったのではないでしょうか。たとえば冷蔵庫も電子レンジも、マンションも、PCもすべて、初めて見る人々にとっては新しいものだったはずです。
当時のコピーライターは当然ながら、その新しさが存分に伝わるセンセーショナルなキャッチコピーを生み出します。実際に言葉巧みに魅力を訴えるそれらに購買意欲が沸き、購入にいたったという人々も少なくなかったのではないでしょうか。
たとえば1966年には松下電器(現パナソニック)がまさしく「冷蔵庫の新しい時代が始まります!」と打ち出し、同年、小学館は「知識を生の形で伝える…新しい百科 疑問が生の形で引ける…新しい百科 カラーの百科事典」と「新しい」を繰り返し、翌1967年に山一證券は「きょうから新しい山一證券」と謳っています。
広告が新しさを伝える場であることは前提として、例は後述しますが、近年は趣向が変わったのか、新しいことよりも懐かしさを意識させる広告が増えたように感じます。
一通りあらゆる商品も経験も知りつくし、「新しい」の天井も見えるようになってしまったのでしょう。今の時代に人々が見たことのないものを作るのはとても難しく、それよりも記憶に残る親近感を呼び覚ますことが、新時代を築くアプローチ法といえるのかもしれません。
モノからコトの時代へ
広告から「新しい」が消え、「懐かしい」が台頭してきた理由はいくつか考えられますが、そもそも広告以外のシーンにおいても、今や懐かしいことが新しいという風潮にあることが挙げられます。
2000年代に流行ったファッションが「Y2K」と呼ばれ再ブームを起こしていたり、スマホの性能が上がり高画質な写真が撮れるようになった一方で、「エモい」という印象ひとつでざらざらした質感と修正のきかないことが特徴の写ルンですが支持されたり、まさしく「new」と「retro」を組み合わせた「ニュートロ」という言葉が生み出されたりしている時代です。
上に挙げたのはZ世代をはじめ若者のトレンドではありますが、10代には伝わらないCMも増えています。
たとえば2019年には、80年代に放送されていたアニメ『うる星やつら』をモチーフにした東京ガスのCMが放送されたり、1987年に「リハウスガール」として初代を務めた宮沢りえさん演じる白鳥麗子が34年ぶりに同CMに登場したり、40代以上にも懐かしいと感じさせる広告が増えてきています。
奇しくも『うる星やつら』に関しては、2022年に新シリーズアニメの放送が決まっており、昭和時代を「新しい」と感じる層と「懐かしい」と感じる層をつなげるコンテンツは今とても多いです。
また、CM内では特に説明がなく、わかる人にだけわかるといった手法で懐かしさを演出するサカイ引越センターのCMも紹介します。
途中で登場する眼鏡を掛けた男性は、1989年から16年間にわたって同CMに出演していた徳井優さん。「仕事きっちり」という言葉も当時使われていたキーフレーズだそうですが、観たことのない人には伝わらない、一種の「jargon(=仲間内だけで伝わる隠語、内輪ネタ)」のような形で懐かしさを内包させています。
消費者に広告を体験してもらうことで、数多あるTVCMの中から自社のそれを「モノ」ではなく「コト」と認識させ、記憶に残りやすくするという手法ともいえるかもしれません。
そもそも時代はモノ消費からコト消費に変わったといわれて久しいです。それならば、プロモーションも体験型の方が今の時代に合っているといえそうです。
SNSの影響力とジェンダーギャップの認識
ほかに昔の広告キャッチコピーと今のそれを比べて変わった点は、主に2つ挙げられます。
一方通行から双方向に
今まで広告は、事前にユーザーのニーズをキャッチするべくフィールドワークなどを行う以外は、基本的に一方通行のものでした。あとからその効果として、売れ行きが上がる、ブランドの知名度が上がる、といったユーザーのアクションが得られたとしても、「企業が言いたいことを提示する」といった意味では一方的だったといえると思います。
ですが最近は双方向のコミュニケーションを図るものが増えてきました。もちろんその背景にはSNSの普及があります。だれでも気軽にスマホで高画質の写真や動画を撮って世界中に公開したり、あるいは閲覧したりすることが日常的になったことで、広告に対する反応も即時的なものになったのです。
たとえば2019年に話題になった「10分どん兵衛」。お笑い芸人のマキタスポーツさんがラジオで、通常お湯を入れて5分待つカップ麺のどん兵衛を10分待つと紹介したところ、大きな反響があり、それを知った日清食品のどん兵衛担当者がマキタスポーツさんに対談を申し込み、一緒に実食し、食べ方の多様性に気づけなかったことをお詫びする文章を掲載するまで発展しました。
2022年2月現時点では、公式サイト上に10分どん兵衛のレシピが掲載されています。
当時どん兵衛が売り切れになってしまうお店もあったほど話題となったこの企画は、常にユニークな広告を打ち出し続ける日清食品ならではの先見性と「取り込み力」といえるかもしれませんが、もっと身近なところでいうと、任意のハッシュタグをつけて自社商品をSNSに投稿してもらうというプロモーションも、相互発信を目的にしたものだといえるでしょう。
今は正直食傷気味なところもありますが、2010年代にはキャッチコピーにおいてもハッシュタグつきの文言が流行したきらいがありました。なんとなくキャッチーで受け入れられやすく、あわよくばSNS上での拡散を狙って作成されたのでしょう。
少し話が逸れますが、2017年のトヨタ自動車VitzのTVCMも、それまでにあった「広告たるもの」とは離れたものでした。
シチュエーションはVitzのTVCMの制作現場。あれこれとシナリオを提示してはCD(クリエイティブディレクター)にダメ出しをされて変更していくというストーリーなのですが、それまでどちらかというと洗練された「完成品」を打ち出すというのが広告のあり方だったのに対し、あえて未完成の状態を見せて視聴者に共感や同情を煽るという手法も、一種の双方向のコミュニケーションといえるのではないかと思います。
2022年現在は、動画配信サービスNetflixとマッチングアプリTinderによる渋谷エリアの屋外広告もTwitterをはじめSNS上で話題になっています。
内容はNetflixで配信している恋愛リアリティーショー『ラブ・イズ・ブラインド JAPAN』について、Tinderがその番組の「婚約までお互いに顔を見せない」という特性にちなんで「Netflixさん、顔を見ずにお見合い?そんなことよりTinderやったほうが良くないですか?」と声を掛けるとNetflixも「Tinderさん、顔を見ないで始まる恋がどれだけ素敵かたっぷり教えてあげますよ。」と応じる、といった口喧嘩のようなやりとり。
このほかにも、下のように互いに納得し合う会話形式のものもあり、あくまでTinderと『ラブ・イズ・ブラインド JAPAN』のコンセプトや特性を活かした文面の広告が15種類、渋谷の3つのエリアに掲示されています。(2022年2月時点)
企業同士がコラボしてキャンペーンを行うのは珍しいことではないですが、こうして同一広告内に複数の企業が並存するのはあまり見ないのではないでしょうか。
ジェンダーについての表現はデリケートに
広告の今と昔を比べるにあたって、忘れてはいけないのがジェンダーについての表現方法です。
昔、ことウーマンリブ以前の広告においては、男性は外で働き、女性は家を守るという旧式の生活様式をベースとしたキャッチコピーがどうしても多いです。
わかりやすい例を挙げると、1966年の伊勢丹による家庭用品シリーズの広告「前略、左キキの奥様 あなたの働く左手のためにお台所用品を特製しました。」、翌1967年の帝人のバルレン布団綿の広告「奥さまを30トンの労働から解放」など。既婚女性は主婦として家事をこなすことを前提とされていることがうかがえます。
一方で1980年、味の素から出されたエナジードリンク「アルギンZ」のキャッチコピー「男には男の武器がある」からわかるように、家庭において男性は社会に出て働くものだと考えられていました。
1975年ハウス食品によるラーメンのTVCMの「私作る人、僕食べる人」というキャッチコピーは、当時も婦人団体から抗議を受け炎上し、2か月ほどで放送中止になったそうですが、そもそも性別役割分担を固定概念として抱いている人がいないと作成されなかった内容でしょう。
なお、これは日本においてジェンダーの観点から社会的に問題視された初めての広告だといわれており、このころから世間の意識が変わってきたのではないかと考えることができます。
現在でも性による偏見は、残念ながら完全に広告上から排除されたわけではないですが、過去に比べると絶対数は減ったのではないでしょうか。先に挙げたハウス食品が放送中止を選んだように企業が公開後とはいえ配慮するようになったのは、消費者が意見を呈するようになったことがきっかけでしょう。
最近でもサンリオの人気キャラ、マイメロディのママによる「女の敵は、いつだって女なのよ」や「男ってプライドを傷つけられるのが一番こたえるのよ」といった台詞をグッズ化したものが発売され、炎上するという事態がありました。
当該キャラクターは「毒舌」で人気を集めており、先の「名言」はいずれも2000年代に放送されていたアニメ『おねがいマイメロディ』の中で実際に発されていたものだったそう。およそ20年前のコンテンツを改変せずにそのまま抜粋して商品化するとなると、ストーリー上の前後の脈絡が見えないので、企業が意図していなかった見方をされてしまったということでしょう。ただ、過去の人気キャラクターをグッズ化するというのは決して珍しいことではないと思います。大事なのは、事態が起きた際に同社はとても素早い対応で販売撤退したこと。それにより、悪いイメージが定着するのを防ぐことができました。
広告においては、2019年西武・そごうの「女の時代、なんていらない?」というキャッチフレーズに批判が集まったことも記憶に新しいです。
動画を最後まで観るとわかるように、この広告で示しているのは「昨今の形式だけのウィメンズエンパワーメントへの批判」と「性別ではなく個性を重視するべきというメッセージ」。ですが、パイ皿を女性の顔に投げるといった過激な演出や否定的な言葉が続く台詞とミスマッチを起こしているようにも見受けられます。
2019年というと、東京医科大学などの女子受験生一律減点事件のあった翌年。女性活躍推進法が施行されている真っただ中、女性だけでなく世間が改めて性差別という存在をまざまざと思い知ることになったころです。
形式だけの女性活躍推進、もしくは女性であるがゆえに感じる生きにくさをパイに表したのであれば、どうして女性である安藤サクラさんの顔に投げられたそれらは、彼女の顔を汚したまま終わるのでしょうか。もしかしたらこの後おいしそうに舌なめずりするといったアクションなどが加えられたら、企業の意図ももう少し伝わりやすくなったかもしれません。
とはいえ、西武百貨店といえば1979年時点で「女の時代」というキャッチコピーを打ち出した、むしろ「女性の時代」を築いた立役者。長きにわたって女性へのエールを送り続けてきたという実績があるからこそ、これからの新たな時代に向けて、女性・男性と分けられていたそれまでの過去から脱した、個々を支援する広告を発表したのでしょう。かつて自社が提示したコンセプトを真っ向から否定して新たな視点を発信したのは、企業の柔軟性と勇気が感じられます。
ダイバーシティを訴える広告の表現はとても難しいです。それは未だ深刻に問題視していない人が多く存在し、そして実際に多様化がそれほど進んでいないためだと考えられます。
そもそも性別は2種類だけではないのに男女二元論が根づいている現状で、多様性というものがきちんと認識されているとは考えにくいので、時代が本来の世界に適した形に進化するのにはもう少し時間がかかるのではないでしょうか。
企業が広告を打ち出す際に大事なのは、もちろん事前の市場調査を踏まえたうえでの課題の洗い出しも必須ですが、公開後、世間の反応を見て柔軟に対応することです。
前項とつながりますが、今や広告は一方通行ではなく相互コミュニケーションツールとなりえるもの。好感触であれば引き続き関連コンテンツを推し進めていく、逆に否定的な意見が集まってしまったら即座に撤回したり改変したりするという対応が求められるでしょう。もしかしたら、炎上してもその後の行動次第で企業への支持はむしろ高まるかもしれません。
今の広告は「コンフォータブル」をキーワードに
見たこともない新しいものは、人々にとって刺激的で心を掴むものがあるかもしれませんが、懐かしいものには安心感と居心地のよさが感じられます。
広告は日常のあらゆる場所で目にします。目覚まし代わりのTV番組、通勤電車内のモニターや中吊り広告、目的地まで時間を潰すSNSやゲームアプリ、駅構内のポスター、街頭ビジョン、配られたティッシュ、デジタルもアナログも暮らしの中に溶け込んでいます。
日本経済が元気だったころは、読み手を奮い立たせるような、斬新でとびきりユニークな活気あふれる広告が、それをより後押しすることに成功したかもしれませんが、今求められているのはまた違ったものかもしれません。
たとえば「24時間戦えますか」のキャッチコピーで知られているドリンク剤「リゲイン」(第一三共ヘルスケア)は、2014年にサントリー食品インターナショナルとライセンス契約を交わした際に「リゲイン エナジードリンク」という商品を販売し、キャッチコピーを「3、4時間戦えますか?」にシフトチェンジ。先に「懐かしさを表すコンテンツ」として言及した『うる星やつら』をモチーフにしているのも現代らしいです。
かつては「風邪でも、絶対に休めないあなたへ。」(エスエス製薬、「エスタックイヴ」シリーズ)といったふうに、体調が悪くても働くことを優先させることを是とする日本の古い労働慣習の象徴ともいえた風邪薬も、他社ではありますが、2020年には「かぜの時は、お家で休もう!」(シオノギヘルスケア、「パイロンPL」シリーズ)と変わり、SNS上で話題になりました。
なお、エスタックイヴも2020年にコロナ禍の影響もあり、キャッチコピーの変更を求める署名運動が始まり、現在は「今すぐ治したいつらい風邪に」に変わっています。
またそれまで「痛いのなんてイヤイヤ~♪」と比較的女性を元気に鼓舞するようなTVCMが特徴的だったアラクスの生理痛薬「ノーシンピュア」シリーズも2021年末に「今日は無理しない」とコンセプトを刷新させました。
時代は「新しい」よりも「懐かしい」へ、そして「がんばる」よりも「がんばらない」へ、「刺激的」よりも「安心感」へ、進んでいます。だれもが無理をせず受け止めることのできる広告が広がれば、本来のダイバーシティ化も一歩近づくのではないでしょうか。
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