改善を助ける「ECRS(イクルス)の原則」とは?具体例も交えながら解説
企業経営において、「業務改善」はつねに意識すべき課題の1つです。改善に向けたヒントを得るうえでは、「PDCAサイクル」などに代表される、ビジネス思考のフレームワークを実践してみることも有効でしょう。
もちろん、そうしたフレームワークを通じて生産効率や付加価値を向上させるためには、自社の現状や目的に適した方法論を取り入れる必要があります。
とりわけ、業務のプロセスやフローの「ムダ」を見直す際、効果的に機能するのが「ECRS(イクルス)の原則」というフレームワークです。もともとは製造業における業務効率化の方法論として定着していましたが、その汎用性の高さから業種を問わず活用されるようになりました。
この記事では、ECRSの概要や、実践時のポイントについて、具体例とともに解説していきます。
目次
ECRSの原則とは
ECRS(イクルス、イーシーアールエス)は、業務の「ムダ」を洗い出し、改善措置を講じるための基本的なフレームワークです。4つの頭文字はそれぞれ改善に向けて取り入れるべき観点を示しており、「Eliminate(排除)」「Combine(統合)」「Rearrange(組み替え)」「Simplify(簡素化)」を意味しています。
さまざまなビジネスの方法論のなかでも、ECRSはとりわけ、「業務のムダやロスをなくす」ことに焦点をあてた基礎的なフレームワークです。製造のプロセスや事務作業をはじめとするさまざまな業務において、従来のワークフローを見直し、合理化・効率化を進めるための観点を与えてくれます。
ECRSにおける考え方の特徴として、「新しい手段やツールを導入する」というアプローチよりも、「従来のプロセスを再構築する」ことを重視する点が挙げられます。そのため、膨大なコストやリソースをかけずに改善を期待できることが、1つのメリットだといえるでしょう。
実際にECRSの観点を取り入れる際には、E→C→R→Sの順に検証を進めていくことが基本となります。前に置かれている要素ほど、問題点を見通しやすく、改善案もシンプルになる傾向があるのです。以下ではECRSの4つの要素について、概要を解説していきます。
Eliminateとは
最初の「Eliminate(削除)」は、「不要なプロセスを取り除くこと」を意味しています。ワークフローを段階ごとに見直し、生産価値の向上に寄与していないポイントをカットしていく考え方です。
「不要な業務」は問題として把握しやすく、さらに削減による直接的な効果が得られやすいことから、まずはこのEliminateの観点からプロセスを見直すことが有効とされています。
身近なところから改善点を見つけていけることも、この観点の取り入れやすいポイントです。たとえば、会議のペーパーレス化により印刷の手間を省いたり、捺印を電子署名で済ませたりと、「慣例化しているが非効率な業務」を見直す際に役に立つでしょう。
Combineとは
2つめの「Combine(統合)」は、プロセスを段階ごとに整理し、適切な形にまとめることを指しています。
「統合」という言葉から、複数のプロセスを「ひとまとめにする」ことに焦点があてられる傾向にありますが、Combineはさらに「複雑化している過程を分解・分割する」ことも含む観点だといえます。つまり、「全体のプロセスを要素ごとに把握し、適切に区分けすること」がCombineの本質です。
たとえば、現状において1つのプロセスに業務が詰め込まれている場合には、単純な作業に分割することで効率化を果たせるケースもあるでしょう。反対に、あまりに業務を細分化しているがゆえに、引き継ぎや承認といった手間が増え、かえって非効率的になっているケースも考えられます。Combineは、それぞれのプロセスを要素に分解し、結合あるいは分離することで適性化を図ることを指しているのです。
Rearrangeとは
3つめの「Rearrange(組み替え)」は、業務プロセスを要素に分解したうえで、その順序や担当者などを入れ替えたりする「再構築」の視点です。
ECRSの実践段階において、Rearrangeは多くの場合、EliminateとCombineの段階を経た後の「調整」や「編成」の過程にあたります。たとえばCombineの観点から業務プロセスを統合することになった場合に、工程の順番を変更したり、作業スペースを入れ替えたりといった調整が必要になるかもしれません。Rearrangeは、こうした実践段階において生じる調整の局面で役に立つ観点です。
あるいは、ECRSの実践を通じて業務プロセスが変更された後、その効果測定をふまえて細かな調整を加えていくことも、Rearrangeに該当するでしょう。
Simplifyとは
最後の「Simplify(簡素化)」は、業務のプロセスや作業内容そのものを簡潔にわかりやすくすることを指す言葉です。作業そのものを単純化したり、共有や承認のプロセスを簡易化したりと、応用できるシチュエーションは多岐にわたります。
特定の作業を簡易にすることはもちろん、ITツールなどを導入してメンバー間のやりとりを簡単にしたり、情報をビジュアル化して共有プロセスを容易にしたりといった総合的な業務効率化も、Simplifyの一環といえるでしょう。
ECRSを実行する際の観点と問題設定
ECRSを実践するうえでは、まず業務プロセスの全体を構造的に把握する必要があります。現状において「どのプロセスで何が行われているのか」をマップやチャートなどに落とし込み、見やすい形に整理することが重要です。
さらに、現状のプロセスを可視化する際には、「ステップごとの所要時間」「それぞれに関わるメンバーや引き継ぎ体制」「具体的な作業内容」「どこでどれだけミスが生じているか」といった情報やデータも同時に洗い出しておくことが望ましいでしょう。
そのように現状をマッピングしたうえで、ECRSのフレームワークに沿いながら、それぞれのプロセスについて問題を明らかにしていくことが求められます。見直す際には客観的な視点を大切にし、「外部の人間が現状のプロセスを見たらどう思うか」「他の人(あるいは他社)はどのようにその業務を行っているか」といった目線を忘れないようにするとよいでしょう。
以下では具体的に、ECRSのそれぞれの段階において有効な問題提起の例を提示していきます。
Eliminateにおける問題提起
Eliminateの観点においては、非効率的なプロセスを生み出している根本的な原因を突き止めることが重要です。しかし原因を究明するうえでは、従来のプロセスを変更することに対する抵抗感が、客観的な分析を妨げることも考えられます。そこで、第三者的な視点から次のような問題提起をしていくとよいでしょう。
■問題提起の例
・ムダの根本原因はどこにあるか/プロセスを削減するだけで改善されるのか
・その作業を省くことで生産価値に影響はあるか
・代替手段は必要か/新しい手段は現状よりも効率的か
Combineにおける問題提起
Eliminateの段階で浮かび上がってきた問題が、業務の削減だけで解決できない場合には、その業務の全体における位置づけなどを見直し、異なる形にできないかを検討していくことが有効です。
■問題提起の例
・それぞれの業務プロセスはどんな目的で行われ、どんな価値を生み出しているか
・業務プロセスをまとめることで、本来の目的は損なわれないか
・そのプロセスは別の誰か(何か)によって代替できないか
・同じ人が異なるプロセスを担当できないか
Rearrangeにおける問題提起
EliminateやCombineの観点から浮かび上がってきた問題点を、プロセスの削減や統合の手段のみでは解決しえない場合など、手順の入れ替えといったアレンジの可能性を検討していくことになります。たとえば以下のような問題提起から、改善策を模索していきましょう。
■問題提起の例
・業務フローの滞りはないか
・現状のフローで最大の効果を達成できているか
・現状あるいは変更後のフローにおいて簡便性や安全性に問題はないか
Simplifyにおける問題提起
Simplifyの観点においては、それぞれの作業やプロセスに要するリソースが生産価値に見合っているかをチェックすることが重要です。必要とされている要素に対して、あまりに複雑な方法が取られていないかを見定めつつ、シンプルな形に変更できないかを検討していきましょう。
■問題提起の例
・生産価値に対して時間がかかりすぎているポイントはないか
・それぞれの業務における手続きや情報処理に意味はあるか
ECRSの具体例
ECRSは業務におけるムダやロスを削減するための根本的な原則であり、応用性の高さからさまざまな業種で導入されています。以下では実際の企業による業務効率化の事例のうち、ECRSの観点が見て取れるものを紹介していきます。
トヨタ自動車株式会社
ECRSのフレームワークと合致する例として、「トヨタ生産方式」などに見られるトヨタ自動車の徹底した「ムダの排除」が挙げられます。
トヨタ生産方式は2本の柱から成り立っており、機械に異常が生じた場合にただちに停止し、不良品の生産を最小限に防ぐという「自働化」と、それぞれの工程で必要なものだけを無駄なく生産するという「ジャスト・イン・タイム」を軸としています。
こうした生産方式を支えている1つのポイントが、同社の「7つのムダ」という考え方です。以下の7つの観点から定期的に業務を見直すことは、業種を問わずECRSを実行するうえでのヒントを与えてくれるでしょう。
■作りすぎのムダ
・資料などを余計に作りすぎていないか
■手待ちのムダ
・業務中しばしば手持ち無沙汰の状態に陥っていないか、その原因はどこにあるか
■運搬のムダ
・共有や承認などのために不要な移動が生じていないか
■加工そのもののムダ
・生産価値につながらない工夫を凝らしていないか
■在庫のムダ
・使わない資料や道具を放置してしまっていないか
■動作のムダ
・作業の動線は整理されているか、職場は整頓されているか
■不良をつくるムダ
・チェック体制は整っているか、すぐさま異常を報告できる体制はあるか
(参照:トヨタ自動車株式会社 公式企業サイト「トヨタ生産方式」鳥取県公式サイト「なぜ、今、トヨタ方式か?」)
オカザキ製パン株式会社
食品安全基準などの面で多くの制約がある食品業界においては、業務の削減や簡素化などが難しいケースもありますが、オカザキ製パン株式会社は品質を保証しながら生産性を高めるための取り組みを行っています。
同社はまず品質管理のあり方を全面的に見直し、不良品の発生要因を特定しつつ、工程ごとに求められる要件を明確化しました。作業標準書を工程ごとに作成し、不良品率を低下させることに成功したとのことです。
その他、事務所の配置変更や各種報告書の様式変更、資料の作成方法の見直しなど、従来の業務プロセス全体を洗い直し、結果として事務作業の効率が10%向上したと発表されています。
職場の配置や書類のフォーマットの問題点を抽出していく過程に、ECRSの基本的な観点を見て取ることができます。また、作業標準書の作成による業務の平準化という点に、Simplifyの要素を読み取ることもできるでしょう。
(参照:一般社団法人中部産業連盟「マネジメント大会論文」内掲載論文「制約条件下における生産性向上と工程内品質保証を目指す生産方式」オカザキ製パン株式会社 代表取締役社長 早川 勝博氏、主任コンサルタント 山口 郁睦氏、2017年)
アスカコーポレーション株式会社
半導体などのめっき加工や切削・研磨を手がけるアスカコーポレーション株式会社は、工程の自動化により生産効率を向上させています。めっき加工や切削、研磨といった工程は、従来は分業体制で行われることが一般的でしたが、同社はこれらを「一貫工程」とすることで生産性を高めているのです。
さらに、製造現場のIT化を推進するための専門部署を設立し、作業者の腕にICタグを取り付けることで、作業状況や稼働データを細かく把握できる環境を整えました。得られたデータを随時フィードバックしつつ、業務効率化につなげているといいます。
工程をまとめることで生産性を高めるCombineの要素や、データにもとづき作業内容を調整していくRearrangeの要素が見て取れる事例といえそうです。
(参照:中小企業庁「「はばたく中小企業・小規模事業者300社」・「はばたく商店街30選」2021 生産性向上」
内PDF資料「アスカコーポレーション株式会社」)
このように、ECRSの原則が効果を発揮する場面は実にさまざまです。ECRSはチーム体制などの構造的な問題を可視化する際にも有効であり、さらには個人レベルでの業務改善にもヒントを与えてくれるでしょう。ECRSの観点を職場に浸透させることで、効率化への意識を高めることにもつながると考えられます。
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