ヒューマンライブラリーとは?“生きた本”が真の「多様性と調和」に導く
怪しい?宗教?そんな言葉で淘汰されてよいものではないはずです。
昨今、人のさまざまなあり方を指した「多様性」という言葉が、世界においても日本においても頻繁に注目を浴びるようになりました。個人やマイノリティにスポットが当てられ、そのテーマが持つ重要性と危うさゆえ物議を醸すことも少なくありません。
そんな流れがいまほど大きくなかった頃、多様性に寄り添うように誕生したのが「ヒューマンライブラリー」という活動です。
数十年前に生まれたとは思えないほど現代のテーマと強く結びついているこの活動は、これからの社会で多様性と向き合っていく私たちに重要な観点を与えてくれるかもしれません。
今回はヒューマンライブラリーについて、その内容や歴史、参加者にもたらすメリット、実際の流れについて解説していきます。
目次
ヒューマンライブラリーとは
直訳すると「人間の図書館」。ヒューマンライブラリーの活動内容は、誤解や偏見を受けやすい社会的マイノリティの方が「本」となり、「司書」と呼ばれる媒介者を通して「読者」と呼ばれる一般の方と対話するというものです。
一般社団法人「東京ヒューマンライブラリー協会」では、ヒューマンライブラリー活動の最小条件として以下の3点を挙げています。
1 対話は「本」1に対して「読者」は1〜5人程度の少人数であること。
2 「本」の語りは、生きにくさの自己開示を含む人生話であること。
3 対話時間は、30分程度の短時間であること。
(引用:HLとは | 一般社団法人 東京ヒューマンライブラリー協会)
またヒューマンライブラリーを考案したRonni Abergel氏は、「“本”を大切にあつかう」「敬意をもって接する」という2つのルールを掲げるとともに、「本を表紙だけで判断してはいけない」というメッセージを当初より発し続けています。
ヒューマンライブラリーの成り立ち
ヒューマンライブラリーは、2000年にデンマークの音楽祭「ロスキレ・フェスティバル」で誕生しました。イベント内の1ブースではじまった活動でしたが、徐々に世界各国へと広がりをみせ、いまでは70ヵ国以上の国で開催されています。
日本で最初のヒューマンライブラリーは、東京大学先端科学技術研究センターの中邑賢龍研究室が2008年に京都で開催したものです。その後は、複数の団体によって日本各地に広がっていきました。
(参照:本学会について | 日本ヒューマンライブラリー学会)
東京オリンピック・パラリンピックとヒューマンライブラリー
コンセプトのひとつに「多様性と調和」を掲げた東京オリンピック・パラリンピックにおいても、ヒューマンライブラリーは注目を浴びました。ビジョン実現に向けた活動の一環として、2018年には大会組織員会がLGBTの方8名を招いてヒューマンライブラリーを開催しました。
ヒューマンライブラリーがもたらすメリット
ヒューマンライブラリーを開催する際には、社会的マイノリティにあたる人が担う「本」役、本役の理解者でありイベントを円滑に進行する「司書」役、本役の語りを聞いたり質問したりして対話を深めていく「読者」役という3つの役柄が必要です。担当する役柄ごとに得られるメリットは異なる一方で、どの役柄を担当しても得られるものがあるというのもヒューマンライブラリーの特徴です。
ヒューマンライブラリーがもたらすメリットを役柄ごとに解説していきます。
「読者」役にもたらすメリット
ヒューマンライブラリーが読者役にもたらす効果の最たるものは、これまで持っていた偏見を低減もしくは解消できるということでしょう。これはヒューマンライブラリーがはじまった当初の目的でもあります。
くわしく知らなかった境遇の“生きた本”と実際に接することで、一方的に抱いていたイメージや偏見は多少なりとも形を変えるでしょう。生の声、つまりナラティブを通して社会的マイノリティの方を知ることは、世のなかをみつめる正しい目線を手に入れることにつながります。
また、読者役自身もどこかで社会的な生きづらさを感じていた場合、同じ社会的マイノリティの方と直に接することで、自分を認めることができたり、自分を開示するきっかけになったりすることもあるでしょう。抑圧していた本来の内面を解放できれば、これからを生きていく希望につながるかもしれません。
「本」役にもたらすメリット
ヒューマンライブラリーに参加する社会的マイノリティの方は、読者役からの質問や自分の語りを通して内面を開示し、そのなかで自分の存在を客観的に再認識していくことになるでしょう。自分自身を多角的にみつめ直すことができれば、持っている内面をさらに確立していくことができるかもしれません。また、ヒューマンライブラリーの刺激が新たな変容をもたらすこともあります。
本役の方にとってヒューマンライブラリーは、自分をはじめとした社会的マイノリティへの偏見を低減させるための手段でもあり、客観的な視点を通して自分を変容、そして確立させていくための手段でもあるといえるでしょう。
「司書」役にもたらすメリット
司書役は、ヒューマンライブラリーの主催者が務めます。事前に本役の方の話を聞いておき、本番の主な役割は本役のサポートとタイムキーパーです。事前に本役の方に語り方をアドバイスする「編集者」的な役割を兼ねる場合もあります。
より深く近い距離で本役の語りに耳を傾けることができる司書役は、本役によるナラティブの効果を読者役以上に体感できます。それ以前に偏見や一方的なイメージが構築されてしまっていた場合は特に、ヒューマンライブラリーを通した変化を感じやすいでしょう。
またヒューマンライブラリーを主催するという行為から、対人関係や課題解決に関わる決して小さくない経験値を得ることができるはずです。
ヒューマンライブラリーのやり方
ヒューマンライブラリーは先述のとおり、本役・読者役・司書役に分かれて開催される活動です。ここでは、本役の方を「本」、読者役の方を「読者」、司書役の方を「司書」とします。実際のイベントはどういった流れで進むのか、以下で解説していきます。
まず、「本」と「司書」が待機している会場に「読者」がやってきます。受付で手続きを済ませた「読者」は、その日のラインナップから借りたい「本」を選びます。「読者」に 当日もしくは事前に渡されるブックリストには、タイトルや作者、ジャンル、あらすじといった情報が書かれています。
「読者」の希望を受け付けた「司書」は、待機中の「本」を呼びにいきます。「本」は貸し出された場所に向かい、「司書」が見守るなか、初対面である数人の「読者」と30分程度かけて対話します。「本」のなかにはあらかじめ用意してきた資料を用いて語る方もいます。終了後は「本」が元の場所に戻され、15分程度の休憩を挟みます。
ここまでが1つの流れとされており、複数回くり返される場合が多いです。よくある講演会をイメージすると1回30分というのは短い時間に思えますが、近い距離感で濃密な対話が展開されるヒューマンライブラリーにおいては、数時間の講演会をも凌ぎかねない充実感が得られるといわれています。
生きた言葉が躍動して調和をもたらす
「人間の図書館」と聞くと、まるで珍しい人を見せ物にしているように感じてしまう方もいるでしょう。しかしヒューマンライブラリーは、社会的マイノリティの方に対する一方的な活動ではありません。展示物をじろじろと眺めるような催しでもありません。
「社会的マイノリティに向けた偏見をなくしたい」という主催者の思いに賛同した「本」が集まり、分厚くて体温を持ったナラティブを「読者」に届け、「読者」の素直な問いを受け止める。このやりとりを通して、「司書」は豊富でみずみずしい経験を手に入れ、「読者」は未知だった世界に対する正しい視点や救いを手に入れ、「本」はより客観的に確立された自分を手に入れることができるのです。あくまでその軸は「対話」にあります。
「多様性」がフィーチャーされていることは、企業にとっても無縁なことではありません。現に世界中では、多様性に配慮した「ダイバーシティ経営」を展開する企業も増えてきています。世のなかの流れに合わせて、私たちも価値観をアップデートしなければならない節目に差し掛かっているのです。
ヒューマンライブラリーの観点は、いまだ「多様性」という言葉がどこかひとり歩きしているような日本の社会において、重要な意味を与えてくれるものでしょう。
私たちはマイノリティの「本当」を知っているのでしょうか。そこには経験でしか分からない世界があります。同じ視線を手に入れるのはそもそも不可能なのかもしれません。
ただ、諦めずに知ろうとするその30分は、本当の意味での「多様性と調和」に向かう、僅かながら貴重な第一歩です。
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