オフショア開発で日本とベトナムをつなぐハイブリッドテクノロジーズ
エンジニア不足を解決に導く「オフショア開発」。いま特に市場として注目を集めているベトナムと日本をつなぐ、株式会社ハイブリッドテクノロジーズの代表取締役社長チャン・バン・ミンさんに、企業がDX化を進める際のコツや現状の日越関係についてお伺いしました。
目次
なぜ今オフショア開発にベトナムが選ばれるのか
「DX(デジタルトランスフォーメーション)」という言葉を頻繁に聞くようになってから久しく、当然ながらそれは日本でも進められています。たとえばデジタル人材の育成・確保などを目的として、DX投資促進税制は予定よりも適用期限を延長されるなど、国全体で促進していることがわかります。
DXについてくわしくは別の記事で解説しているので、そちらをご参照ください。
しかしそれでもデジタル人材不足は深刻で、その課題を解決させるべく「オフショア開発」が注目を集めています。オフショア開発(offshore development)とは、システム開発などの業務を海外子会社や現地の企業などに委託すること。
なかでも、いま市場として日本だけでなく世界中から注目を集めているのはベトナム。ベトナムというと、2020年6月にグエン・スアン・フック首相が「2025年までの国家デジタルトランスフォーメーションプログラム及び2030年までの方針」という計画を承認し、第749号の決定書に署名したことは日本でもよく知られています。
これは2030年までにベトナムがデジタル国家になることを目指し、グローバルデジタル企業の設立を支援したり、行政手続きをデジタル化して効率化したりすることで、人々の生活を改善させる改革を行うといった内容を示したもの。つまり、ベトナムは国を挙げてDXに取り組んでいるというわけです。
くわえて、低コストであること、また、安定的に経済成長しているため不安要素も少ないことから、多くの企業がベトナムをオフショア開発の委託先に選んでいるようです。
今回お話をうかがった株式会社ハイブリッドテクノロジーズでは、そんなベトナムと日本をつなぐ役目を担っており、なにかとコミュニケーションギャップが起きがちな、国をまたいだやりとりを円滑にする施策を行っています。
ハイブリッドテクノロジーズについて
―早速、会社立ち上げの経緯についてお話しいただけますか?
株式会社ハイブリッドテクノロジーズ 代表取締役社長 チャン・バン・ミンさん(以下、ミンさん):もともと僕は幼少期から日本で暮らしていたんですが、2011年に結婚をして、そのタイミングでベトナムに帰国したという経緯があるんです。
その後は日本語が話せるので、日系企業や日本に関連した仕事をしており、2015年ごろに、当時の株式会社エボラブルアジア(現株式会社エアトリ)の社長、役員の方と「一緒に仕事をしませんか」という話になり、2016年4月に創業いたしました。
―現在では、クライアント企業に対して投資もされていますよね。
ミンさん:290社のプロジェクトをサポートした実績を活かし、投資と開発のハイブリッドで支援させていただいています。
スタートアップ時の方針としては、利益をきちんと出して積み上げていくということを目標に掲げていたんですが、上場したことで資金を調達することができ、アセットの再配分といいますか、既存事業を伸ばすことに有効活用したいと考えました。
たとえばスタートアップ企業への支援だったり、合弁先だったり、M&Aだったり(※)、そういったところにアセットを分配することができるようになったので、投資は必然的に行うことになったという感じですね。
※ 当インタビューのちょうど前日である2023年1月31日(火)、ハイブリッドテクノロジーズはキャスレーコンサルティング株式会社の株式取得(子会社化)を発表している。 |
オフショア開発が求められる背景と独自の工夫
―現状、どういった企業がどういった目的でオフショア開発を希望されているのでしょうか?
ミンさん:スタートアップから上場企業、大手企業さまと幅広く携わらせていただいているんですが、目的としてはやはり、日本ではエンジニアを採用するのが難しかったり、あるいは採用できても人件費が高かったり、といった人材における課題によるところが大きいですね。
―ということは、現状はグローバル戦略の一環というニーズは少ないですか?
ミンさん:1990年代のベトナム投資ブームの際には、そういう企業が多かったかもしれません。
実際、今でもFDI(海外直接投資)というかたちでベトナム企業に投資されている企業もあるんですが、現状の当社のオフショア開発に関してはリソースの確保、コスト削減といった目的を求めている企業が多いですね。
―オフショア開発はどのように進められているのでしょうか?
ミンさん:開発実装はベトナムにいるエンジニアが行うんですが、言語の壁を取り払うために日本国内で日本人のプロジェクトマネージャーを立て、窓口とさせていただいています。
基本的に国をまたいでコミュニケーションを取るのって難しいじゃないですか。
そのうえシステム開発となると、より高度な意思疎通が求められます。
たとえば商慣習、文化……。
日本人だったら日本企業がどうしてそういった開発を求めているのかわかるのに、海外の人だと理解するのが難しいといったこともあり、オフショア開発は、そういったことが原因でうまくいかないことも多いんです。
それを克服するために、フロントは日本人のプロジェクトマネージャー、あるいは日本に長く住んでいて日本語が話せるベトナム人のエンジニアをアサインして、コミュニケーションをしっかり取ってもらうことで、ちゃんとお客さまの想像していた「作りたいもの」が伝わるようにする、というのが当社の行っている工夫であり、強みでもあります。
―国をまたいで開発を行うとなると、どうしてもミスコミュニケーションが起こりえるものだと思いますが、窓口を一点に集中させることで回避しているということですね。
ミンさん:難しいコミュニケーションはすべて日本で完結させています。
もちろん英語を話せるお客さまもいらっしゃるんですが、ほとんどのケースは日本にフロントを立てて進行していますね。
―そうなると、そこから指示されることになる、ベトナムにいるエンジニアのまとめ役のような方の采配がとても難しそうです。
なにか「ここだけは譲れない」という採用条件などありますか?
ミンさん:やはり流暢に日本語を話せることですね。
もちろん技術も伴っていて、そのうえで日本に留学したことがあって、日本のベンチャー企業で活躍されていた方など。
当社ではそういった層の採用にもとても自信があります。
今も何十人も日本にいるんですけど、その方々がつなぎ役を果たしてくれています。
というのも、ベトナム人として初めて東証マザーズ上場いたしまして(2021年12月)、それもあってメディアなどへの露出が多いため、信頼できる企業だと認知されることで、優秀な方が集まってくれているんです。
当社の場合、ストック型(※2)ということで、5人~10人をワンチームとしてサービス提供させていただいているんですが、ベトナム政府が2030年には年間150万人のIT人材輩出を目指しているということもあって、非常に多くの人材を採用しやすい状況です。
※2 ストック型ビジネス:継続した購入・契約による収益確保を目指すビジネスモデルのこと。商品やサービスを売り切るフロー型ビジネスもある。ハイブリッドテクノロジーズでは、契約期間を半年や1年間に設定し、プロジェクトの進捗など状況に応じて柔軟に開発を行っている。 |
技術があっても日本語がわからないとミスコミュニケーションは起きやすいです。
なので逆に、その課題をクリアにできれば、文化や商慣習の違いもカバーしやすくなるので、円滑に進められると思っています。
日本のwebデザインの特徴
―いま文化の違いについてもお話しされていましたが、日本特有のwebデザインや開発の仕方などはありますか?
ミンさん:欧米と日本のコーポレートサイトってデザインや色の使い方が全然違うんですよ。
もちろんどちらも綺麗で魅力的なんですけど、たとえば淡い色を好んだり、多くのコンテンツを詰め込んだりするのは日本のスタイルかなーという気がします。
あとは高齢者に配慮したインターフェースを求める企業が多いですね。
―文字が大きい、背景色と文字色のコントラストがはっきりしている、といったことでしょうか?
ミンさん:そうですね、液晶なので黄色など読みにくい背景にしない、といったことも挙げられますね。
そういった配慮が随所に見られますね。
―日本には高齢者が多いので、サイト構築の際も念頭に置いているのかもしれないですね。
コロナ禍によるダメージを回復させながら上場
―お話が変わりますが、コロナの影響はありましたか?
ミンさん:大打撃でしたね。
当時、旅行や飲食といったコロナで大きなダメージを受けた業界との取引が多かったため、当社も大きな影響を受けました。
同じ経験をした企業も多いと思いますが、人件費といった固定費はそのままで収益が減るので、初めて単月で赤字経営になりましたね。
しかもそのタイミングで上場の準備をしていたので、苦しい時期でした。
でも経営陣みんなで結束して、V字回復させて上場もすると決意を固め、実際にそのとおりに叶えることができました。
―どうやってV字回復させたのでしょうか?
ミンさん:我々が提供しているサービスの価値は根本的に問題ないと信じていたので、コロナが追い風になっている企業へ新規取引を開拓しに行ったり、契約継続してくださっている企業には事業拡充させてもらう提案をしたり……。
泥臭い方法も駆使して、足元の数字を回復させました。
でもいま思うと、そういった経験があったからこそ、火事場の馬鹿力で予定どおりに上場できたんじゃないか、なんて思うこともあります。
―なるほど……やはり成功されている方は、気持ちの切り替えが早いですね。
デジタル後進国になってしまった日本
―日本は「世界デジタル競争力ランキング2022(※3)」で63ヵ国中29位となり、4年連続順位を落としています。
デジタル後進国ともいわれる状況になった要因はなんだと考えられるでしょうか?
ミンさん:いろんな要因があると思っています。
戦後日本は大きく経済発展して世界に冠たる国となり、長らくGDP(GNP)2位を保っていました。
ですが、その高度経済成長期に導入したシステムがそのまま継承され、使われつづけているという場面が多いのではないでしょうか?
リプレイスするにはコストも労力も時間もかかるので、思いきって踏み出せないという部分も大きいと思いますが、システムは常に進化しつづけているので、古いものを使いつづけるのはデジタル競争力上昇を阻む一因として挙げられると思います。
しかもデジタル化することで生産性が上がったり、効率もよくなったり、便利になったりすることはわかっていても、正直、取り入れなくても生活が致命的に陥るわけではないですよね。
たとえば決済方法に関しても、電子化したほうが便利ではありますが、何十年も財布からお金を出して支払いをするということに慣れた方が、急に財布をスマホに持ち替えるには、どうしても変えなきゃいけない動機がないと難しいと思います。
実物のお金を使ったほうが安心できるという方もいるのではないでしょうか。
そういった点から導入が遅れるという面もあるかもしれません。
―たしかに、私の母も「スマホ決済だと、どこかからお金が抜かれているかもしれない」とよく言っています。
そういう方は少なくないかもしれませんね。
ミンさん:中国やベトナムなど、今デジタル先進国といわれている国は、成長している真っ最中なので、導入するシステムも当然ながら最新であったり、とにかく新しいんですよね。
システムは新しければ新しいほど、高度な技術を活用したものが生まれるので、ガラリと生活を変えることができます。
そういったことによって、日本は後進国っぽく見えてしまっているんじゃないかと思います。
現状の日越関係
―近年では人件費の割安さと豊富な実績を兼ね備えていることもあり、世界中からオフショア開発先としてベトナムが注目を集めています。
もちろん日本からも人気が高いですが、その理由はほかにどういったことが考えられますか?
ミンさん:日本の場合は、やっぱり地理的にも近いことが挙げられると思います。
時差2時間なので、そんなに感覚的にも変わらないですよね。
あと親日国だと思います。
日本という国はとても魅力的なので世界的にも人気が高いですけど、それだけでなく、ベトナムに対して大きく援助をしてくれています。
ODA(政府開発援助)として無償資金協力してくれていたり、日本や日系企業がベトナムに残した実績はポジティブなものしかないと捉えています。
たとえばベトナムでは、バイクのことをメーカー問わず「ホンダ」って呼びますし、味の素もなくてはならないものになってきていると思います。
そういった土壌があるので、非常に親和性が高いんです。
それはもちろんビジネスにおいても地続きにあって、だから相思相愛の関係を今日まで構築できたのではないかと考えています。
くわえて「ベトナム人は器用だよね!」とか「まじめだよね!」といった言葉もよくおっしゃっていただくので、そういった点で信頼してもらえていることが、日本だけでなく韓国や欧米からも注目される理由のひとつだと感じています。
DX化を進める際の注意点
―今後日本でもますますDX化は進むと思いますが、その際に注意したほうがいい点はありますか?
ミンさん:「DX」と一口にいってもいろんなステージがあると思いますが、当社では開発、それからデザイン、UX設計を得意としているので、制作後、実際に動くところを見て「かっこいいね!」と言っていただくことが多いです。
でも、そこで終わりにはしてほしくないと思っています。
特にセキュリティ面についてはとても力を入れていて、「DX+セキュリティ」を提唱しながらサービスを提供しているところです。
当社はベトナムの国家サイバーセキュリティセンターと協力関係にあり、また、高度なセキュリティプロフェッショナル人材も在籍しています。
脆弱性があると情報が漏洩したり、ハッキングされてしまったり、問題が起きてから対応したのでは手遅れになることも多いので、セキュリティ診断などをしっかり行って、強化してから安全に稼働していくことが大事ですね。
ユニークなポジションを活かして
―では最後に、今後の展望についてお聞かせください。
ミンさん:会社としては既存のビジネスをグロースさせるというのが最優先事項です。
そのために、資金力を活かしてM&Aなどを行って、いま自分たちが持っていないピースを加えていきたいと考えています。
それと、当社はユニークなポジションにあると考えていて、成功事例をつくっていけば、それによって日本とベトナム、それぞれのよさを広め、少し大げさに聞こえるかもしれませんが、両国の相互理解を深めることにつなげられるんじゃないかと標榜しています。
―今まで以上に情報発信にも力を入れていくということでしょうか?
ミンさん:企業として成長して市場から評価を集めることができれば、それがひとつの発信力を担うのではないかと思っています。
でもこれから自社サイトであったり、こういったメディアであったり、さまざまな場で発信していくこともあるかもしれません。
チャンスがあれば活かしていきたいですね。
成長するには精神的な若さが必要
今回の取材前に調べたところ、ベトナムの年齢中央値(※4)は32.49歳だそう。一方の日本は48.36歳(Knoema Corporation, ワールド・データ・アトラス/いずれも2020年度のデータ)で、なんとその差は15歳以上。
※4 年齢中央値:人口の年齢を低い順に並べたときに、ちょうど真ん中に位置する年齢のこと。平均年齢とは異なる。 |
年齢中央値が低い国はそれだけ次世代へのバトンが受け継がれやすいといえ、高い国はそれだけ長生きできる環境であると捉えることができるので、決して優劣はつけられませんが、とはいえ32歳というと、たとえば4年制大学を卒業して会社に勤めた場合、社会人になってちょうど10年目。
一般的には、ある程度酸いも甘いも噛み分けて、自身の立ち上げたプロジェクトを遂行させたり、独立して活躍したり、あるいは一念発起してまったく別の業種に飛び込み、新しい道を切り拓いたり、エネルギーと知識をともに兼ね備えた年頃だと考えられるのではないでしょうか。
ベトナムは今、生活水準も上昇しつづけ、活気にあふれ、特に首都ハノイなどでは、高層ビルの密集した街にバイクにまたがる人々があちこちに移動していく様子が見られると聞きますが、国全体が若さにあふれているといえるかもしれません。
ミンさんがおっしゃっていたように、ホンダや味の素をはじめとする日系企業の参入も少なくなく、むしろ日本以外の外資企業も多く展開しており、ベトナムの経済発展は貿易や外資に深く密接しています。
また、国策でITエンジニア育成を強化しており、デジタル化の推進力は上昇する一方です。つまり、他の国々とのつながりを友好的に保ちながら、自国の力も蓄えられているということ。
ベトナムは今、実年齢だけでなく精神的な若さでもって、圧倒的な成長力を発揮している途中といえるかもしれません。そこに追いつくのではなく、協力し合い、ともに成長しようとする柔軟な考えが、これからはますます必要になりそうです。
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