カスハラ(カスタマーハラスメント)とは?企業がとるべき対応やクレームとの違いを解説
近年、各種ハラスメントに対する社会的な意識の高まりとともに、職場における防止措置の重要性が増しています。従業員のメンタルヘルスを良好に保ち、労働環境を適正化するためにも、組織としての注力的な対策が求められるでしょう。
これまでのところ、職場におけるハラスメントとしては、パワハラやセクハラなど「組織の内部」で生じるものが主要な問題とされてきました。しかし最近では、顧客による暴言や強要などに代表される「カスハラ」が、企業経営に影響を及ぼすケースが数多く報告されています。
この記事では、カスハラの概要や、クレームとの違いをふまえ、実際の事例や対応策について解説していきます。
目次
カスハラとは
カスハラとは「カスタマーハラスメント(customer harassment)」の略であり、直訳すると「顧客による嫌がらせ」を意味する言葉です。具体的な例としては、商品・サービスに対する不当なクレームや、それに起因する脅迫行為、金品を要求する行為などが挙げられます。
顧客による悪質なクレームは、以前から企業にとって悩みの種だったといえます。近年ではさらに、SNSなどを通じて悪評を広められるなど、新たな形態の嫌がらせも見られるようになりました。
これに加えて、新型コロナウイルスの感染拡大にともなう社会不安の増大などを背景に、サービス提供者を「ストレスの捌け口」とするカスハラが、社会問題としていっそう強く意識されているのだと考えられます。
カスハラによって企業が損害を被るケースもメディア上で取り沙汰されるようになり、長時間の拘束による生産性の低下や、暴言による従業員のメンタルヘルスへの影響など、企業としても対策を練る必要性が認知されはじめています。2022年には厚生労働省による企業向けの対策マニュアルが発表されるなど、従業員を守るための指針が政府主導のもと共有されている状況です。
(参照:厚生労働省「職場におけるハラスメントの防止のために」内PDF資料「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」)
カスハラとクレームの違い
カスハラとクレームは、「顧客が商品・サービスに対して何らかの要求をする」という点では共通していますが、その「内容や行為の正当性」によって区別されます。
先の厚生労働省発表のマニュアルにおける定義によると、カスハラは、「顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの」とされています。
(引用:前掲資料「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」p.7)
ここからまず、クレームのなかでも客観的・常識的な観点からして内容が妥当ではないものがカスハラに該当するといえるでしょう。本来、クレームの目的は「商品・サービスの改善」にありますが、カスハラにおいてはこの目的から大きく逸脱しているケースが少なくありません。
さらに、たとえクレームの内容が妥当であったとしても、不当な手段によって自身の要求を通そうとする行為はカスハラに該当すると考えられます。たとえば長時間の居座りや怒声など、通常の業務を著しく妨げる行為がこれにあたります。
カスハラの現状と従業員への影響
厚生労働省が「東京海上日動リスクコンサルティング株式会社」への委託のもと、2020年に行った「職場のハラスメントに関する実態調査」では、過去3年間のうちに従業員からカスハラ(顧客等からの著しい迷惑行為)について相談を受けたことがある企業の割合は19.5%でした。そのうち、実際にカスハラの事実を企業側が認定したケースは92.7%であり、各種ハラスメントのなかでも「従業員からの訴えが事実として認められる割合」がきわめて高い傾向にあるといえます。
さらに、カスハラを受けた従業員が感じた心理的影響としては、「怒りや不満、不安などを感じた」という回答者が67.6%と高く、続いて「仕事に対する意欲が減退した」が46.2%と半数近くを占めています。
このように、カスハラが従業員の労働意欲に及ぼす影響は大きいと見られ、モチベーションの低下が休職や離職につながるおそれもあるでしょう。また、カスハラに対して長時間の対応を強いられるケースも多く、生産性を直接的に低下させる要因にもなります。
(参照:厚生労働省「職場のハラスメントに関する実態調査について」内PDF資料「令和2年度報告書(概要)」)
企業において進められるカスハラ対策
厚生労働省によるマニュアル策定の流れを受けて、独自に対策を進める企業も増えています。たとえば任天堂は2022年10月から、製品の保証規定を改定し、同社ではじめてカスハラに関わる項目を設置。脅迫や暴言など、カスハラに該当すると判断されるケースにおいて、製品の交換・修理を断る場合があることを明記しました。
その他、百貨店や旅客業などにおいても、カスハラ対策の整備や従業員に対する周知といった取り組みが見られます。さまざまな業界内でカスハラ対策に取り組む動きが活発化しており、今後は「顧客の理不尽な要求」に毅然と対応する流れが強まっていくと予想されます。
(参照:産経ニュース「「カスハラ」対応、各社急ぐ 任天堂は規定に明記」)
カスハラの判断基準
厚生労働省のマニュアルにおいて、顧客による行為がカスハラにあたるかどうかは、概ね「内容の妥当性」と「手段の妥当性」という2つの観点から判断されます。以下、それぞれの観点について解説していきます。
クレーム内容の妥当性
顧客からクレームを受けた際には、まずその要求の内容が正当なものであるかを判断する必要があります。顧客の主張が事実として認められるか、また因果関係として商品・サービスの瑕疵が自社側の責任によって生じたものであるか、といった点がポイントになるでしょう。
たとえば購入前の段階で自社製品に不良があったり、提供した食品に異物が混入していたりと、自社側の瑕疵が認められる場合には、返金や謝罪、また状況によっては賠償といった対応が求められます。反対に、自社に過失がない場合の過度なサービス要求や、根拠のない言いがかりによる値下げ要求などは、カスハラに該当しうる行為として対処していく必要があるでしょう。
クレームを実現するための手段の妥当性
クレームの内容に一定の妥当性が認められるとしても、それを実現するための手段が「社会通念に照らして」適切ではない場合には、カスハラに該当すると考えられます。
たとえば暴力などによって従業員に身体的な危険を生じさせるケースや、業務に著しい支障を生じさせるケース、暴言や強要によって従業員の尊厳を損なわせるようなケースなどが挙げられるでしょう。
たとえクレームの原因が自社の過失にあったとしても、要求のための手段が強要罪や脅迫罪、暴行罪など法律に抵触するものであれば、即座に警察に通報する必要があります。また、長時間の拘束によって業務に支障が生じている場合には、客観的な損害額の程度を算出・記録したうえで、弁護士への相談を検討するといった対応が考えられます。
カスハラの事例
カスハラにはさまざまなタイプがあり、悪質さや執拗さの度合いによっては、警察への通報や弁護士への相談が必要になるケースも少なくありません。以下では、カスハラが事実として認められ、公的処分の対象となった事例について紹介していきます。
カスハラが刑事・民事処分の対象となった事例
カスハラのうちには恐喝や暴行など、刑事罰の対象となる行為も含まれます。一例として、2022年8月、ドラッグストアにおいて男性が従業員の接客態度に腹を立て、執拗に謝罪を要求したケースでは、地裁において強要未遂罪などの実刑判決が言い渡されました。脅迫的な言動により、従業員の辞職を求めるなど理不尽な要求を繰り返していた点が悪質と判断されたと考えられます。
(参照:朝日新聞デジタル「薬局の店長らに「殺すぞ」 カスハラで強要未遂罪、被告に実刑判決」)
その他、繰り返される不当な要求により業務に著しい支障が生じ、被害側から損害賠償請求がなされる事例も見られます。たとえば大阪市では、生活保護受給をめぐって市の職員とトラブルに発展した男性に対して賠償請求を行いました。具体的には、2013年度から2021年度にわたり暴言や過度な要求が繰り返され、計370回もの対応を求められたとして、人件費分の賠償を請求しています。
(参照:読売新聞「カスハラ被害は自治体にも 住民の居座り、クレーム電話1日10回以上…対応迫られ訴訟や氏名公表」)
このように、暴行や恐喝、強要など刑事罰の対象となる行為はもちろん、長時間の居座りなど、明確な損害につながるカスハラに対しては、民事裁判を通じて損害賠償請求が認められる例も見られます。
使用者側の責任が問われる事例も
カスハラによって訴訟の対象となるのは、カスハラを起こした顧客だけではありません。カスハラに応対する従業員に対し、事業主側が適切なフォロー体制を講じていない場合、従業員が事業主に対して訴訟を起こす例も見られます。
たとえばある公立小学校においては、保護者による不当なクレームに対し、校長が担当教諭に謝罪を強要するケースがありました。ことの起こりは、教諭が児童の家を訪問した際、その家の飼い犬に足を噛まれて負傷したことです。この件について、児童の保護者から賠償の申し出がありましたが、当の教諭はこれを断ります。
その際、教諭は今後同様の事態が生じたときのため、ペット賠償保険を検討することを保護者に提案しました。しかし保護者側はその言動について、保険を適用した賠償がなされなかったことに対する教諭の不満を表したものと捉え、後日同校の校長に「話は収まったはずだが、教諭がいまだに補償を求めている」と相談します。
その後、保護者と校長、教諭間で話し合いの場がもたれ、保護者側が教諭に謝罪を要求。校長も教諭に対し、賠償を求めたことについての謝罪を強要しました。教諭はこの理不尽な謝罪の強要により、うつ病に罹患し、休業を余儀なくされたとして、市や県に賠償を求める訴えを起こします。
結果として、保護者による謝罪が理不尽なものであったことや、それについての教諭の意に反する謝罪を強いたとして、学校側の責任が認められ、県と市に対して損害賠償の支払いが命じられました。
(甲府地裁 平成30年11月13日判決)
(参照:労働基準判例検索-全情報「甲府市・山梨県(市立小学校教諭)事件」)
上のケースは教育機関における判例ですが、保護者を顧客、校長を使用者として置き換えると、「カスハラに対する使用者の不適切な判断」の事例として参照できるでしょう。その場を収めるために、顧客の理不尽な要求に屈するよう使用者が従業員に強いることは、不法行為と見なされうることを示す判例だといえます。
カスハラへの対応策
実際にカスハラが発生した場合、従業員個人に対応を一任することは得策ではありません。個人の尊厳を踏みにじられたり、暴力行為による被害を受けたりするリスクもあるため、組織的な対応をするための手順をあらかじめ社内で定めておくことが重要です。
以下では具体的に、カスハラへの対応策を講じる際のポイントを解説していきます。
対応窓口の整備
店舗運営などにおいては、カスハラに該当しうる事態が起きた際、責任者が対応を取り次ぐ体制を整えておくことが望ましいでしょう。
人員数などの問題から、常時万全の体制を敷くことが難しい場合には、対応方法をマニュアル化して従業員間で共有するなどの対策が求められます。
あらかじめ対応方法を策定する際には、カスハラ対策の会議を執り行うなど、課題の解決に向けた専門の機関やチームを設けるとよいでしょう。暫定的な対応策を取り決めるだけでなく、事例を蓄積しながらケースごとの対応方法を随時ブラッシュアップしていくことが大切です。
現場における対応
実際の現場でカスハラと思われる事態に遭遇した場合、まずはクレームの内容や行為の妥当性について客観的に判断することが重要です。もしクレームが不当なものであれば、要求には応えられないという自社の立場を、理由とともに顧客に明示することが基本的な対応となるでしょう。
また、従業員の身に危険が生じうる場合や、毅然とした態度によっても不当な要求が続く場合には、警察への通報や弁護士への相談を検討する必要があります。
実際にカスハラが生じている現場では、個別的な対応が求められる状況が少なくありません。しかし、あらかじめ想定しうるケースを場合分けしておくことで、対応の指針が得られることもあるでしょう。
以下ではカスハラの類型ごとに、大筋としての対応方法を解説します。
執拗かつ不当な要求への対応
自身の要求を通すために、店舗に長時間居座ったり、電話口で延々とクレームを続けたりするケースです。対応できない理由を述べたうえで退去を促したり、電話を切ったりしても行為が繰り返される場合には、必要に応じて警察への通報などを選択肢に入れましょう。
また、電話の場合には連絡先や通話内容を記録し、対応窓口を1つに決めたうえで、以後同様の問い合わせには答えられない旨を理由とともに告げる対応も有効だといえます。
その他、一定の妥当性が認められるクレームにおいて、顧客が店舗外での面会を要求するケースも見られます。たとえ面会を避けられない状況であっても、なるべく人目につきやすい空間を選び、単独での対応は避けたいところです。
暴言・暴力への対応
従業員を大きな声で罵倒したり、侮辱したりするケースです。名誉毀損や侮辱にあたる発言を繰り返す場合には、録音などによって内容を記録し、対応しえない理由や周囲への迷惑について伝えたうえで退去を促すことが基本的な対応になるでしょう。
さらに、暴力行為の危険が想定される状況では、一定の距離を取りつつ周囲の安全確保に努め、なるべく早い段階で警察に通報することが求められます。
威嚇・脅迫への対応
反社会的勢力とのつながりを示唆したり、自社に対して強い影響力のある組織などとの関わりを盾に取ったりすることで、要求を通そうとするケースです。明確に脅迫と取れる言動があれば可能な限り記録し、必要に応じて通報や弁護士を通じた対応を検討しましょう。
SNSなどにおける誹謗中傷への対応
口コミサイトやSNSなどにおいて、いわれのない誹謗中傷を投稿するケースです。投稿内容が名誉毀損に該当する場合や、それによる損害が見込まれるケースでは、弁護士を通じた開示請求を検討する必要があるでしょう。
クレームに対する適切な初期対応を
カスハラに発展する事例のなかには、クレームの初期対応における不手際により、顧客の要求が過度に膨れ上がってしまうケースも少なくありません。クレームを受けた際には、まずは正確に状況を把握することが重要です。相手が感情的になっていても、丁寧に話を聞き、必要に応じてメモなどを取りながら時系列を整理していきましょう。
自社の落ち度を認める際にも、「何に対して謝っているのか」が不明確にならないよう、事実と因果関係を明確にすることが大切です。そのうえで、ミスやエラーがなぜ生じたのか、それをどのように埋め合わせるかといった点を明示しながら謝罪することが求められます。
また、クレームの内容や手段が客観的に見て不当である場合には、クレームの圧力や勢いに押されて謝罪するのではなく、「顧客の要求がなぜ認められないのか」を毅然とした態度で説明する必要があります。その場を収めることだけを目的とした謝罪は、顧客の要求をエスカレートさせる可能性があるばかりか、従業員へ精神的なダメージを与える危険がありますので、あくまで「客観的な妥当性」を基準に判断を下していきましょう。
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