マズローの法則(5段階欲求説)とは?ビジネスやマーケティングへの活用法について解説
企業のマーケティングにおいては、消費者や顧客のニーズを把握し、適切にアプローチしていくことが求められます。その際には、「人の心がどのように動くのか」という心理学的な知識が助けになることもあるでしょう。
マーケティングをはじめとするビジネスの場面において、しばしば活用される心理学モデルの1つに「マズローの法則」という理論があります。この記事では、マズローの法則の概要や、ビジネスへの活用方法について解説していきます。
目次
マズローの法則(5段階欲求説)とは
マズローの法則とは、20世紀半ばに活躍したアメリカの心理学者アブラハム・マズローによって提唱された理論であり、「欲求のメカニズム」を解明したモデルとして知られています。
マズローは人間のさまざまな欲求を整理し、「生理的欲求」「安全の欲求」「社会的欲求」「承認欲求」「自己実現の欲求」という5段階の階層モデルのうちに位置づけました。
この階層図は、人間の基本的な欲求を構造的に捉えたモデルとして、心理学や教育学、看護学などのテキストで取りあげられるケースも多く見られます。
さらにビジネスにおいても、消費者心理を把握するための基礎的な理論として定着しており、マーケティング戦略の土台として活用されるケースが少なくありません。
マズローの基本的欲求の階層図について
先に挙げた階層図は、マズローの法則を端的に示すモデルとして流通しており、「5段階欲求説」という呼び名でも知られています。このモデルを深く理解するうえでは、まず2つの前提を押さえておくことが大切です。
1つめは、「低次の欲求ほど強力に働く」という点です。マズローによれば、生理的欲求や安全の欲求といったピラミッド下層の欲求が満たされない場合、それよりも高次の欲求は生じにくく、「満たされない低次の欲求の満足」がまずもって優先されるといいます。
2つめは、「高次の欲求ほど満たされている人は少ない」という点です。これは明確なデータとして裏付けられた数字ではありませんが、マズロー自身の雑感として、第1層の生理的欲求を満たせている者は85%程度であるのに対し、第5層の自己実現の欲求は10%程度の者しか満たせていないといいます。
(参照:A.H. マズロー『人間性の心理学(改訂新版)』小口忠彦訳、1987年、産業能率大学出版部)
つまり階層図のピラミッド型の形状は、「欲求は高度化するほど満たすことが難しくなる」という傾向の表現としても理解できるでしょう。
マズローが提示した5段階欲求の内容
マズローの5段階欲求説は、「人間の欲求は段階的に生じる」という斬新な視点を提示しており、その後さまざまな分野に影響を与えています。
このように階層モデルそのものが示唆的であることはもちろんですが、ピラミッドを構成する1つ1つの要素からも、ビジネスに活用するための多くのヒントが得られるでしょう。
生理的欲求
もっとも低次の欲求として位置づけられる生理的欲求は、人間が生命を維持するうえで欠かせない欲求です。代表的なものとして、食事や睡眠に対する欲求が挙げられるでしょう。
生理的欲求が満たされていない状態としては、空腹や睡眠不足、暑さ寒さ、身体の痛みなどが想定されます。これらは生命維持においてもっとも優先度の高い欲求であり、欠乏状態が解消されない限り、より高次の欲求は生じにくいと考えられています。
ビジネスにおいて生理的欲求に関連する産業としては、飲食業界はもちろん、医療・介護サービスやインフラ関係、家電や衣服関係の業界などが挙げられるでしょう。
安全の欲求
第2段階に位置づけられる安全の欲求は、いわば「生活のセキュリティ」に関する欲求です。他人からの暴力や強盗行為をはじめ、身体的・心理的に生活が脅かされることがないよう、「安心して暮らせる環境を望む気持ち」とも換言できます。
生理的欲求が主に「身体的な欠乏」に起因する欲求であるのに対し、安全の欲求は「不安」をはじめとする「精神的な欠乏」からも引き起こされる欲求です。そのため「このままでは安心して暮らせないからお金が必要」というように、経済的な理由からも安全の欲求は生じうるでしょう。
ビジネスにおいても、この欲求と関連する業界は非常に多いといえます。住まいを扱う不動産業やセキュリティサービスが典型的ですが、たとえば「衝突安全性の高い車」や「停電時に使える蓄電池」、さらには「3大疾病を補償する保険」など、「リスクを取り除いてくれる商品・サービス」が安全の欲求と強く関連するでしょう。
さらにデジタル領域においても、「セキュリティ性の高いクラウドサービス」など、安全の欲求に訴求するビジネスは枚挙にいとまがありません。
社会的欲求
第3段階の社会的欲求は、マズローが「愛と所属の欲求」とも表現しているように、「集団や組織に属することで安心感を得たい」という感情を指しています。
たとえば学校や企業、地域や趣味のサークルなど、集団のなかで居場所をもとうとしたり、家族関係を良好に保とうとしたりといった欲求がこれに該当するといえます。またSNSを通じて形成されるコミュニティなども、社会的欲求に関連する組織形態の1つと考えられるでしょう。
ビジネスの場面では、まず組織のマネジメントにおいて「従業員それぞれに居場所を与える」ことを考える際、社会的欲求は重要な視点をもたらしてくれるはずです。職場環境を整え、従業員のモチベーションを高めるうえで、各員における社会的欲求の充足は欠かせません。
また、社会的欲求に訴求しうる業種としては、趣味の教室やオンラインサロンなどが典型的な例として挙げられます。あるいは企業が主催するセミナーなども、社会的欲求に対するアプローチとして有効に働くことがあるでしょう。
承認欲求
第4段階の承認欲求は、端的に「周りから褒められたい」という気持ちを指しています。
ここで「承認」と訳される“esteem”という英単語は、「高く評価する」「尊重する」といったニュアンスをもつ言葉です。つまりこの欲求は、前段階の「居場所がほしい」という社会的欲求に比べ、「尊敬を勝ち取りたい」「賞賛されたい」など一歩進んだ望みとなっています。
ところでSNSの普及する現代は、「承認欲求が強く意識されやすい時代」として位置づけられるかもしれません。「いいね」や「インプレッション数」が可視化されたことにより、承認欲求を指標によって満たそうとする傾向も少なからず見られるようになりました。
企業のマーケティングにおいても、「一般ユーザーの承認欲求にもとづく動き」をうまく自社の販促につなげる工夫が重要性を増しています。企業とは関係のないアカウントが投稿する「ユーザー生成コンテンツ(UGC:User Generated Content)」をはじめ、「多くの承認・評価を求めるユーザー」と「情報を拡散したい企業」とが相乗効果を上げている例も少なくありません。
自己実現の欲求
最終段階に位置づけられる自己実現の欲求は、自分のもつ資質を最大限に発揮し、「自分の本当になりたいもの」を目指す気持ちを表しています。
もちろん、当人が人生のなかで何に価値を見出し、どのように自分自身を位置づけるかによって、自己実現のかたちは異なります。趣味やアートなどの分野で自分の道を究めたり、仕事で自身の目標を達成したりなど、さまざまな自己実現のあり方が考えられるでしょう。
総じて、他人の理解が及ばない「内在的な価値」や「自分だけの意味」を人生のなかで見つけ、それを追及していくことが、自己実現の欲求の本質だといえます。
5段階欲求と「3大欲求」との関係
マズローの提示した欲求モデルは、さまざまな欲求を「階層構造」のうちに整理したものです。それゆえ、俗にいう「人間の3大欲求」とはまったく異なる観点を提示しています。
一般に3大欲求として位置づけられる「食欲・睡眠欲・性欲」は、マズローのモデルにおいては基本的に、第1段階の生理的欲求に該当するでしょう。ただし人間の場合、とくに性の問題は多分に社会的な背景から規定される面があるため、承認欲求や社会的欲求とも不可分であると考えられます。
その他、人間の欲求を3つの観点から捉えたモデルとしては、アメリカの心理学者クレイトン・アルダーファーの「ERG理論」が挙げられます。これはマズローの5段階欲求説を再構築した理論であり、以下の3要素から構成されるモデルです。
■Existence(存在)のニーズ
衣食住を成り立たせ、生存を安全に維持していくための欲求です。マズローの「生理的欲求」および「安全の欲求」に該当します。
■Relatedness(関係性)のニーズ
他者とのコミュニケーションや、共同体における立場に関する欲求です。マズローの「社会的欲求」および「承認欲求」に該当します。
■Growth(成長)のニーズ
自分の内的な価値を追求し、人生を充実させたいという欲求です。マズローの「自己実現の欲求」に該当します。
このERG理論とマズローの法則との大きな違いは、これらの3要素が明確な階層構造ではなく、「低次の欲求が満たされていなくとも、高次の欲求は活性化しうる」とされている点にあります。
ビジネス活用のツボ:欠乏欲求と成長欲求
マズローは先の5つの欲求を、「欠乏欲求」と「成長欲求」という2つのカテゴリに分類しています。欠乏欲求には「生理的欲求」「安全の欲求」「社会的欲求」「承認欲求」の4つが含まれ、成長欲求には「自己実現の欲求」のみが含まれる構図です。
マーケティングにおいて消費者心理を理解するうえで、この2つの分類は大きな意味をもつと考えられますので、以下で概要を解説します。
欠乏欲求とは
欠乏欲求は、「対象が不足していることによって生じる欲求」を意味しています。水分を取らずにいて喉が渇いたり、食事を取らずにいてお腹が空いたりといった状況が典型的でしょう。
上述のように、第1段階の「生理的欲求」から第4段階の「承認の欲求」までは欠乏欲求に該当し、ある段階が一定の満足を得ることで、次の段階の欲求が強まっていくとされています。
つまり生理的欲求や安全の欲求といった「生きるための前提」が整っている状況になってはじめて、社会的欲求などの「他者との関係」をめぐる欲求が前景化してくる、とマズローは示唆しているのです。
そのためマーケティングにおいてはまず、「ターゲットがどのようなステージの欲求=欠乏を抱えているか」を見定めることが求められるでしょう。
成長欲求とは
先の欠乏欲求が「足りない部分が満たされることで解消する」類の欲求であったのに対し、成長欲求は欠乏を契機としていないため、完全に満足することなくステージを上げていくことを特徴としています。
たとえば野球選手が甲子園に出る目標を達成し、その後プロ野球を目指し、さらにメジャーリーグに挑戦するというように、成長欲求は「さらなる目標」を絶えず目指しつづける欲求なのです。
もちろん、どのような方向での自己実現を望むかは、個人によって千差万別でしょう。一方で、さまざまな欲求を満たしてきた人が、「自分は次に何を目指すべきか」と迷うケースも多いと考えられます。
ここから、顧客や消費者の成長欲求にアプローチするうえでは、ターゲットに対して「自己実現のストーリー」を提示していくことが求められるでしょう。ブランディングを通じて、「消費者の人生に対して自社が提供できる価値」を意味づけていくことが大切です。
マズローの法則をビジネスに活用できる場面
欲求のメカニズムをモデル化したマズローの法則は、消費者心理の理解を要するマーケティングをはじめ、ビジネスのさまざまな場面で活用できる理論です。
マズローの階層図を活用する際は、さまざまな欲求のなかでも「低次の欲求の満足」がまず優先されることを念頭に置くとよいでしょう。この前提により、マーケティングやマネジメントにおいて「真っ先に取り組むべきポイント」が浮き彫りになるはずです。
以下では具体的に、ビジネスシーンにおいてマズローの法則がどのように活用できるかを解説していきます。
市場分析・セグメンテーション
マズローの法則は、まず「消費者や顧客がどのようなニーズを抱えているか」を整理する際に役に立ちます。その市場に対するニーズを5段階の欲求に当てはめていくことにより、「どれが優先度の高いニーズか」を見通しやすくなるでしょう。
たとえば自動車に対するニーズを分析するために、年代ごとに「自動車に求めるポイント」についてのアンケート調査を実施したとしましょう。
ここでまず、燃費や衝突安全性などは「安全の欲求」、多人数乗車の可否や用途の多目的性は「社会的欲求」、高級感やブランド性は「承認の欲求」、運転の楽しさや走行性能は「自己実現の欲求」というように、回答の選択肢を階層へと分けていきます。
実際に調査した結果として、仮に20代前半のセグメントにおいて「燃費のいい車がいい」といった回答が多ければ、このセグメントでは経済面をめぐる「安全の欲求」が強いと読み取れます。
あるいは20代後半から30代前半のセグメントで「人が多く乗れる車がいい」という回答が多かった場合、このセグメントでは安全の欲求がある程度満たされており、かわりに家族関係などの「社会的欲求」が強まっていることが読み取れるでしょう。
このように、「それぞれのセグメントがどのステージの欲求を抱えているか」という観点から市場を階層化していくことで、ターゲットの「現在の欲求」はもちろん、「すでに満足している部分」や「これから欲求の対象となりそうな部分」が見通しやすくなるはずです。
ターゲティング
上述のように、市場のセグメンテーションに階層モデルを取り入れることで、その後のターゲティング精度にも向上が期待できるでしょう。
たとえば先の例のように、「20代前半=安全の欲求」「20代後半から30代前半=社会的欲求」という傾向が得られたケースを考えてみます。
ここで、マズローの法則における「低次の欲求が満たされていないと、高次の欲求は生じにくい」という原則を当てはめてみましょう。そうすると、若い世代に対して「ステータス性(承認の欲求)」や「趣味性(自己実現の欲求)」といった観点からのアプローチはあまり有効ではない、と推察できます。
このように、階層モデルからニーズを把握することにより、そのターゲットの欲求を「点」として捉えるだけではなく、「これまでどのようなニーズを解消してきたか」「今後どのようにニーズを発展させていくのか」というように、「1本の線」として捉えられるはずです。
このようにして得られた考察結果は、詳細なペルソナ設定やカスタマージャーニーの作成など、ターゲットに対する解像度を高める際に有効に活用できるでしょう。
人事戦略の最適化
マーケティング以外にも、マズローの法則をビジネスに活用できる場面はさまざまに考えられます。とくに従業員のモチベーションを維持する際など、人事に関する場面で5段階欲求説は大きなヒントを与えてくれるでしょう。
たとえば従業員の意識調査などを通じて、「メンバーのモチベーションがどのような状態にあるのか」を把握しうると考えられます。給与や待遇、チーム内の関係性などについての満足度をアンケートで調べれば、「従業員がどの部分に不満を抱いているのか」をヒントに、「仕事にやりがいを感じてもらうには何が必要か」も見通しやすくなるでしょう。
ここで仮に、給与面に不安を覚えている従業員が多ければ、「安全の欲求」が満たされておらず、高次の欲求を抱きにくい状況にあると推察できます。あるいは人間関係の不安は「社会的欲求の欠乏状態」を示唆し、評価をめぐる不満は「承認欲求の欠乏」を示唆しているなど、回答から多くのヒントを読み取れるでしょう。
低次の欲求が満たされていないと、労働にやりがいを感じたり、仕事を通じて自分を高めようとしたりする余裕が生じにくいといえます。このように「労働環境における課題」を見つける際にも、5段階欲求説は有効です。
まとめ
マズローの法則(5段階欲求説)は、人間の基本的な欲求を「生理的欲求」「安全の欲求」「社会的欲求」「承認欲求」「自己実現の欲求」に分類し、これを階層モデルとして捉える考え方です。
この理論の特徴は、「低次の欲求から高次の欲求への段階的な移行」という点にあります。マズローの法則をビジネスに活用するうえで、「低次の欲求が満たされなければ高次の欲求は生じにくい」というポイントは非常に重要な意味をもつでしょう。
たとえばターゲットが抱えるニーズを階層モデルに当てはめることで、その人が「今何を求めているのか」だけではなく、「何について満足しているか」「これから何を欲するか」についても推測できると考えられます。
このようにターゲットの心の動きを「1本の線」として捉えることにより、より鮮明に価値観やニーズを把握していけるでしょう。
その他、人事評価をはじめとするシーンでも、マズローの法則は有効に活用できます。この法則に示される「欲求のメカニズム」は、人の心の動きや傾向を知るヒントとなり、ビジネスにおいても強い味方となるでしょう。
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