ナラティブとは?マーケティング事例をふまえ意味をわかりやすく解説!
経営におけるマーケティングの重要性は今や周知のものとなり、その方法論にも年々アップデートが加えられています。刻々と変化する市場で成果を上げつづけるには、新たに登場してくる戦略や観点を的確に取り入れることも必要になるでしょう。
しかし、新たに提唱される方法論のうちには、それまでとの違いが判然としないまま流通しているものも見られます。その1つの典型が、「ストーリーテリング型マーケティング」に対する「ナラティブマーケティング」です。
どちらも「物語」という観点を重視する点では共通していますが、軸となるポイントが異なり、実際のアプローチ方法には大きな違いがあります。
どのような方法論であっても、それを的確に活用するためには、意味やニュアンスの差を明確にしておくことが重要です。この記事では、「ナラティブ」の意味を「ストーリー」との対比においてわかりやすく解説し、ビジネスにおける活用例についても紹介していきます。
目次
ナラティブとは
「ナラティブ(narrative)」は、「なにかを語ること」を意味する言葉であり、一般的には「物語」や「話術」といった日本語に訳されます。語源としては「ナレーション(narration)」「ナレーター(narrator)」といった単語と共通しており、人がなにかを話す際の語り口・語り方に焦点を当てた言葉です。
ナラティブは「物語」という訳語から、「ストーリー(story)」と混同されるシーンが多く見られます。ストーリーは「話の筋や内容」を表す言葉ですが、ナラティブは「話し手」に軸足が置かれ、その人がもつ「背景や文脈」を色濃く映し出しています。
両者の関係をわかりやすく考えるには、「自分自身の人生について語っている場面」を想定するとよいでしょう。「どんな人生を送ってきたか」という「中身」の部分がストーリーであり、「なぜ、どのようにそれを語るのか」といったバックボーンの部分がナラティブに関わります。
たとえば「上司に怒られた翌日、大きな成果を上げた」という状況を考えてみましょう。同じ状況でも、その人の性格や心境によって、この出来事を「見返すために頑張った」と捉えたり、「叱責の内容を次に活かせた」と捉えたりと、認識(=物語)の形は変わってくるはずです。
このようにナラティブは、「ある出来事をどのような物語として捉えるか」に関わる言葉なのです。
ナラティブは「自己理解」に関わる
なにかを語る際の文脈に焦点を当てる「ナラティブ」の考え方は、マーケティングの方法論として注目される以前から、さまざまな分野で取り入れられてきました。教育や臨床心理のカウンセリングなど、とくに「自己や他者を理解するためのアプローチ」が求められる場面で活用されてきた背景があります。
たとえばカウンセリングにおいては一般に、話し手の「語っている内容(ストーリー)」以上に、「なぜそれを語るのか」といった部分が重視されます。そうした背景に着目しながら、話し手のことを理解するとともに、話し手自身の自己理解を促すのです。
日常的な場面でも、「その日にあったイヤなことをだれかに話す」ことで気分が少し楽になることがあるでしょう。カウンセリングなどの場面でも、ナラティブを通じたアプローチが目指すのは、まさにそのような「語ることで現状認識が変わる」という効果です。
つまりナラティブの観点を取り入れる際に前提とされるのは、「語ることで話し手には何らかの変化が生じる」という観点であり、同時に「語り方によって、自分自身に対する理解のあり方も変わる」という視点が重要になります。
なぜ「語ること」が「理解」に関わるのか
ナラティブという概念は、もともと1960年代から1970年代にかけて、英語圏・フランス圏を中心に歴史学の分野で注目されるようになりました。それまで「客観的事実」を重視していた歴史学のあり方に対して、「だれがなぜ、どのように歴史を伝えてきたか」という角度から、歴史を捉え直す流れが生まれたのです。
ナラティブを通じたアプローチは、歴史学の一種の「転回」を生じさせました。そのポイントは、人間にとっての「本当のこと」が、客観的な事実のみによって成り立っているのではなく、「納得しやすい形」や「都合のいい形」に変形しているという発見にあります。極端にいえば、「どう語るか」によって「だれかのなかにある真実の形」が変容しうる、という観点から、歴史を見直す流れが生まれたのだといえるでしょう。
ここからさらに、ナラティブは哲学や心理学における「自己理解」の問題とも接続されていきます。「自己理解」は人文学における普遍的なテーマの1つですが、20世紀後半から、「自分をどのように語るかによって、自分に対する理解の形も変化する」という見方が1つの潮流を生み出しました。
こうした流れをふまえ、教育学や臨床心理、さらにはビジネスのシーンにも、「それまでとは別の語り方をすることで、別のアスペクトが見え、自分に対する捉え方が変わる」という発想が広まっていった背景があります。
マーケティングにおいて「ナラティブ」が注目される背景
従来の「ストーリーテリング型」のマーケティングは、「伝えたい内容を筋の通った物語として提示する」ことに焦点がありました。これはとりわけ、企業や消費者の物語を「パッケージ化」する際に有効な観点です。
たとえば「商品を購入することで、こうした変化が得られる」という物語を、まとまりのある因果関係において示すことで、消費行動を惹起する方法が考えられるでしょう。あるいは、企業の足取りを成長譚として提示し、ブランドイメージ形成を図ることもストーリーテリングを通じたマーケティングだといえます。
対して、ナラティブによるアプローチは、消費者に対して「物語を経験する主体」であることを促します。消費者自身が「これを使うことで、自分はどう変われるだろう」と想像するなど、おのずと自身を「物語の主人公」として位置づけることがナラティブマーケティングの主題になるのです。
以下では、現在このようなナラティブマーケティングが重要性を増している背景について考察していきます。
消費者が「発信者」でありうる社会への転換
情報技術の発展は「情報の双方向性」を向上させ、とりわけSNSが普及した現在では「だれもが発信者となりうる環境」が整っています。「バズる」「映える」といった言葉が一定の価値とともに通用するなか、1人の消費者が自分自身を「価値を発信する主体」として捉える視点が浸透しつつあるともいえるでしょう。
こうした変化を通じて、従来のように「メディアから一方的に発される物語」を受け手として消費するだけではなく、みずからが「主人公」として物語を体験する姿勢が強まっていると考えられます。
「解釈の自由度」に対する需要増
上述のような「発信者」としての視点を通じて、消費者がみずから「自分でどう価値を生み出すか」という発想をもつことも珍しくなくなりました。生活のなかで「小さな発見」が大きな話題を呼ぶケースも多く、消費者が商品・サービスを利用する際にも「新たな視点」「独創的な発想」を取り入れようとする傾向が見られます。
もちろん、商品やサービスをPRするうえでは、「だれにとっても同じ効果・影響が生じる」ことは依然として大きなアピールにはなるでしょう。しかし一方で、「自分がそれをどう使えるか」「どれだけの面白さが得られるか」といった消費者を主体とする価値設定も、重要性を増しているのだと考えられます。
こうした背景から、「意味づけ」や「解釈」を消費者側に委ね、「物語の主体」として位置づけるナラティブマーケティングの有効性も高まっているといえるでしょう。
「小さな物語」の尊重
ナラティブの重要性を社会的に考えるうえで、忘れてはならないのが「多様性」という観点です。
先に挙げた「SNSの普及」などの要因により、これまで表に出ることのなかった「個々の物語」に光が当てられるケースが増えてきました。身近に起きた面白い話や驚いた発見といった内容のほか、だれにも打ち明けられずに抱え込んでいた悩みなどを共有する場ができ、それが大きなムーブメントを巻き起こす例もしばしば見られます。
こうした変化のなかで、マーケティングにおいては「社会は無数の視点・文脈から成り立っている」という前提意識が欠かせないものとなりました。それぞれの主体がもつミクロな視点を「かけがえのない物語」として尊重するナラティブの問題設定は、このような多様性を重んじるうえでも大切な気づきを与えてくれると考えられます。
ナラティブを活用したマーケティングの事例
現状、ナラティブを通じたマーケティングは、明確な手法として確立されているわけではありません。「消費者を主人公の立場に置く」という作用の面が強調されており、「どうそれを実践するか」という点については未規定な部分が大きいのです。
以下に見るように、ナラティブマーケティングにおいては必ずしも「ユーザー自身が語ること」が求められるわけではありません。なにより重要なのは、「ユーザーが自身の人生や生活を意味づける機会をもつこと」です。
実際にマーケティングにナラティブの視点を取り入れる際には、共感性の高いコンテンツの発信などを通じて、そうした「意味づけ」の契機となるような問いかけ・メッセージを提示していくことが有効だといえるでしょう。
株式会社SUBARU
SUBARUは「Your story with」と題された一連のCMのなかで、さまざまな家庭の物語のうちに自動車が深く関わっている様を描いています。単純に「だれかの物語」を映し出すのではなく、視聴者側にも「車との間にどんな物語があるか」を問いかけ、回想を促しながら共感を得るような作りになっているのです。
このCMにおいて特筆すべきは、「特定の車種」をアピールするような構図をあえて避けている点でしょう。あくまで自動車は「背景」であり、主人公は「思い出を振り返る登場人物」と、「それに共感する視聴者」です。
思わず視聴者側も「自動車をめぐる人生の思い出」を語り出したくなる構成は、ナラティブマーケティングの代表的な例といえるでしょう。
(参照:SUBARU「あなたとクルマの物語:Your story with」)
ユニ・チャーム株式会社
ユニ・チャームは紙おむつ「ムーニー」の公式サイト上で、商品情報のほか妊娠・出産・育児に関するさまざまなお役立ち情報を発信しています。「おむつの選び方」をはじめとする客観情報を豊富に揃えていることはもちろんですが、特徴的なのは「育児体験談」というユーザー主導のコンテンツを展開している点です。
たとえば「寝かしつけ」や「イヤイヤ期」など、出産・育児をめぐって生じる多様な悩みをカテゴライズしつつ、アンケートを通じて得られた実際の体験談を状況別に掲載しています。「だれに相談していいかわからない」という悩みをもつユーザーに対して、同じ悩みを打ち明けるユーザーの声を提示しているのです。
こうした「体験談」の紹介を通じて、体験談を話す側はもちろん、それに触れる側も「そうそう、自分もこうなんだ」「自分の子はほかの子とこういうふうに違うんだな」というように、物語の主体になると考えられます。ユーザーによる語りをベースにした共感型コンテンツも、ナラティブマーケティングの範型に数えられるでしょう。
(参照:ユニ・チャーム「ムーニー(moony)<公式> ホームページ-おむつのムーニー」)
ビジネスにおけるナラティブの可能性
ナラティブマーケティングの本質は、消費者の「主体性」を引き出すことにあります。商品やサービスの利用をめぐって、固定的な可能性ではなく、「自分が変わる可能性」や「自分を捉え直すきっかけ」を提示することが重要です。
さらに、こうした「語りを通じた変容の可能性」は、ビジネスにおいてマーケティング以外の場面でも有効に働くことがあるでしょう。たとえば社内向けに行うキャリアカウンセリングの場で、「従業員が自身のキャリアをどのような物語として受容しているか」という角度から面談を行う方法が考えられます。これにより、聞き手が従業員のビジョンを理解することはもちろん、話し手自身の自己理解が促され、「自分はこの組織でどうなりたいか」を意識する契機となるでしょう。
その他、研修の場面など、従業員が自分自身のことを省みることが多くなる状況において、自己理解の道筋を提示する意義は大きいといえます。いずれのケースでも重要なのは、「これまでどんなことが起きて、自分は今それをどう考えており、これからどうしていきたいか」という枠組みです。「過去から未来につながる物語」として自分自身のキャリアを捉えられるような型を提示することで、気づきや適応のきっかけが作れるかもしれません。
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