企業経営のV字回復にはなにが必要?事例から見える共通点とは
企業を経営するなかでは、市場動向や社会情勢の変化により、望ましい業績を維持できなくなる状況もあるでしょう。
経営悪化に対する処方箋はさまざまですが、「危機的状況からV字回復を果たした企業」の事例には、経営を立て直すためのヒントが隠されていると考えられます。
この記事では、V字回復を遂げた国内企業の事例をもとに、事業の再構築において重要なポイントを考察していきます。
目次
V字回復とは
V字回復とは、主に企業などの財政状況について、低下していた業績が急激に好転することを指す言葉です。収益や売上などの推移を表すグラフが、下降傾向から上昇する際にVの字を描くことに由来しています。
具体的に「業績がどの程度変化していればV字回復といえるか」については、明確に定義されているわけではありません。ただ概していえば、V字回復という言葉は「どん底を経験してからの急上昇」という劇的な変化を強調する文脈で用いられる傾向にあります。
その他の回復パターン
V字回復のほかにも、業績改善の程度や、推移のしかたによって、「U字回復」「W字回復」「K字回復」といった言葉が使われることがあります。
U字回復は、V字回復に比べて「業績が好転するまで時間がかかるパターン」を指す言葉です。一定期間の低迷を経て、経営状態を立て直すモデルに適用されます。
W字回復は、V字回復を二度繰り返すパターンを表します。急激な低迷から一度好転し、その後また業績が急落する「二番底」を経たあと、再び回復を遂げるというモデルです。
K字回復は、コロナ禍におけるマクロな景気動向を表す言葉として用いられるようになりました。全体として景気が後退したあと、特定の業種や企業のみが急回復を遂げ、そうでない企業が低迷を続ける状況を表します。
その他、低迷を抜け出せない状況を表す際に「L字型」という言葉が用いられることもあり、業績を表すグラフの形状をもとにさまざまなモデルが数えられています。
V字回復を果たした企業の事例
企業が業績を落とす要因はさまざまであり、市場動向の変化のほか、世界規模での経済危機や、不祥事、その他複数の原因が絡み合うこともあるでしょう。
経営危機からV字回復を遂げた企業の多くは、こうしたピンチを「転機」に変え、大胆な改革を果たしています。
以下では具体的に、近年V字回復を果たした国内企業の例を紹介していきます。
日本マクドナルドホールディングス
日本マクドナルドは、2014年に期限切れの鶏肉をメニューに使用していたことが発覚し、また翌年には異物混入問題が取り沙汰されたことにより、大きく業績を落としました。「安全性」に対する信頼が揺らいでしまった影響から、2014年の12月には営業損益が赤字に転落しています。
再建を果たすうえで、社長であるカサノバ氏が焦点を当てたのは「ファミリー層」や「若年層」でした。とりわけファミリー層へのアプローチは顕著であり、カサノバ氏自らが全国の店舗を訪れながら、子連れの女性の声に耳を傾けたり、アプリ上から顧客の意見を聞けるシステムを導入したりと、利用者の生の声を拾い上げるよう注力されました。
消費者の意見は店舗改装やメニュー変更といった改革に活かされ、結果として2015年12月には既存店における売上高がプラスに好転。その後もデジタル化やデリバリーサービスなどを推し進め、成長を継続させています。
(参照:産経ニュース「マック営業利益、過去最高 カサノバ流「ファミリー重視」が奏功」)
Mipox株式会社
磁気記録媒体の精密研磨を手がけるMipox(マイポックス)は、2000年代前半まで業界でもトップクラスのシェアを誇る企業として好調な成績を収めていました。しかし2005年の売上をピークに業績が下降し、2009年の売上高はピーク時の4分の1近くにまで落ち込んでいます。
同社は代表取締役社長の交代を機に、業績悪化の根本原因を見直し、「コンタクトを取っていない既存顧客の多さ」や、「部門間の縦割り的な関係」など問題を特定。これらの解決に向け、シームレスな情報共有の体制を実現することや、案件の進捗状況を可視化することが課題とされました。
こうした課題をクリアするうえで貢献したのが、Salesforce(セールスフォース)の各種クラウドサービスです。共有プロセスを効率化することで、営業会議や報告書も撤廃し、業務のロスを削減したといいます。
結果として、2009年に13億円の赤字だった経営状況は、2016年に5億円の黒字にまで回復を遂げました。効率化ツールの導入により、業務プロセスの改善はもちろん、企業としての体質面にも好影響が生じ、回復を後押しする要因となったようです。
(参照:セールスフォース・ジャパン「Mipox」)
マツダ株式会社
自動車メーカーのマツダは2008年度、リーマンショックによる影響や、フォードグループからの脱退による影響が重なり、純利益において700億円以上の損失を記録。8期ぶりの赤字に転落し、その後も2011年度まで4期連続の赤字と業績不振が続きます。
しかし新世代商品群として「SKYACTIV(スカイアクティブ)」と呼ばれる動力性能・燃費性能に優れたプラットフォームの開発を続け、2011年から順次搭載を開始していきます。さらに、新たなデザインコンセプトとして「鼓動」というテーマを打ち出し、ブランドの統一感を演出しながらイメージの刷新を図りました。
ラインナップの面でも、市場において大きなシェアを占めるミニバンカテゴリを撤廃。あえてメジャー路線を外れ、利便性よりも「上質感」や「走りのよさ」を求めるスモールマーケットでのシェアを狙う戦略に切り替えます。
こうした戦略が成功し、2012年度には黒字への回復を果たし、翌2013年度には純利益1,300億円を達成しました。苦境における新技術の搭載と、イメージ戦略の転換が奏功した事例といえるでしょう。
パナソニックホールディングス
パナソニックは、巨額を投資したプラズマテレビ部門の売上が伸び悩み、2011年度と2012年度の2期連続で7,000億円以上の大きな赤字を記録しました。
未曾有の経営危機に、2012年の社長交代から大規模な構造改革に踏み切り、プラズマテレビ事業からの撤退を決断します。そのうえで、バッテリーやカーナビなど車載事業や、住宅関連事業に注力していきます。
こうした選択と集中が回復の原動力となり、2014年度には純利益1,000億円以上の水準まで復調。その後も堅調に利益を確保しています。
一方で、核となる車載事業は、変動の激しいEV競争の影響を直接的に被る分野であり、先行きの不透明感も指摘されています。かつての経営危機においては不採算事業からの撤退と、成長が見込まれる事業への注力がV字回復の要因となりましたが、今後も「何を経営の軸に据えるか」は課題であり続けると考えられるでしょう。
(参照:パナソニック ニュースルーム ジャパン「2013年度 連結及び単独決算概要」、および同サイト「2012年度 連結及び単独決算概要」)
なお同社は2021年の社長交代を機に、持株会社制への移行を発表しました。事業ごとの不確実性に向き合いながら、それぞれの領域で独自に戦略を打ち立てていくことが移行の主眼であると考えられます。
V字回復に必要なポイント
経営状態が著しく悪化している状態から、急速な回復を遂げるのは容易なことではありません。これまで「当たり前」とされてきた体制や慣習など、現状を根底から見直し、抜本的な改善案を捻出する必要があります。 以下ではこれまでに挙げた例をヒントに、V字回復に向け求められるポイントについて考察していきます。
事業や商品の整理
パナソニックの例にあるように、複数の事業を手がける企業が経営危機に陥った場合には、不採算事業から撤退する「スリム化」が回復のきっかけになることがあります。
また、「事業」という大きな枠でなくとも、扱っている商品やプロジェクトなど、採算が取れない部分をカットし、安定的に収益が見込める領域に注力することが、経営状態の改善につながるケースもあるでしょう。
とはいえ「選択と集中」を的確に行うためには、精緻な現状把握と将来への見通しが求められます。たとえば今後成長が期待される分野への注力は、同時に「これから競争が激化していく分野」に踏み込んでいくことを意味するでしょう。
不確定な要素が多く残されるなか、「何に注力すべきか」を見定めるには、確かなビジョンにもとづく戦略立案が欠かせません。後述するように、あらためて自社の強みを見つめなおしたうえで、ターゲティングを明確にし、事業の方針に軸を据えることが重要でしょう。
コンセプトの明確化
V字回復を果たした企業に共通するポイントとして、危機的な状況にあっても「経営の軸」や「ブランドのコンセプト」を見失わなかった点が挙げられます。「その場しのぎ」の対策で済ますのではなく、明確な指針のもとで改革を進めることが重要です。
たとえば若者やファミリーにターゲットを定めた日本マクドナルドや、反対にファミリー層のメジャーな需要を切り捨て上質路線に切り替えたマツダなど、市場分析を通じたターゲティングと戦略構築によって経営の軸を定めています。
とりわけマツダのケースでは、マーケットサイズの大きなミニバンをラインナップから撤廃するなど、リスクの大きなチャレンジに成功しています。コンセプトを先鋭化していくうえでは、既存のターゲットを見直し、市場において自社が占めるべきポジションを再度見定めることも必要になるでしょう。
業務におけるロスの見直し
経営状態を抜本的に改善する際の基本方針として、「業務プロセスの見直し」も欠かせません。部門ごとの業務フローや部門間の共有体制を見直すことで、現状の問題点を洗い出すことが重要です。
Mipoxの例に見られるように、業務効率化ツールを導入することも有効な選択肢でしょう。案件の進捗管理や顧客管理、アクセス解析など、自社の課題に応じたツールを導入することで、現在生じている「ムダ」を大きく削減できる可能性もあります。
業務効率化の試みは、職場における「不合理」を浮かび上がらせ、是正することを目的としています。こうした試みによって、これまで「変わらない非効率な業務フロー」に不満を抱いていた従業員が、精神的によい影響を受けることもあるでしょう。
Mipoxの例において「従来の経営体質」が一変したように、業務効率化によるムダの解消は、従業員のモチベーションにも影響し、積極的なコミットメントを引き出す契機になると考えられます。
V字回復に向けた補助金の活用
経営を続けていくなかでは、予期しえない事象によって事業が危機に瀕することも考えられます。災害や感染症など、社会全体が大きな影響を受ける事態が生じた際には、事業の再構築に向け政府の補助を活用することも有効です。
ここでは新型コロナウイルス感染症拡大の影響を受けた事業者に対する「事業再構築補助金」のうち、V字回復を図る企業が対象となりやすい「通常枠」と「回復・再生応援枠」の概要を紹介します。
なお、2022年11月現在は第8回の公募期間中であり、公募締め切りは「2023年1月13日(金)18:00まで」とされています。応募する場合には、必要書類を揃える期間も考慮し、期日に十分注意するようにしましょう。
(以下参照:事業再構築補助金 公式サイト、およびページ内PDF資料「事業再構築補助金 公募要領(第8回)」)
事業再構築補助金の「通常枠」について
事業再構築補助金の通常枠は、「新分野展開や業態転換、事業・業種転換等の取組、事業再編」に取り組む中小企業などに対する補助金です。概して、大きな構造改革を図る企業が対象として想定されています。
補助対象となるのは、コロナ禍の前後における売上高が一定以上の減少率を記録した企業です。具体的には、「2020年4月以降の連続する6か月間のうち、任意の3か月の合計売上高が、コロナ以前(2019年又は2020年1月~3月)の同3か月の合計売上高と比較して 10%以上減少していること」と規定されています(売上高ではなく付加価値額による算定も可)。
申請にあたっては、中小企業庁の定める「認定経営革新等支援機関」と事業計画を策定し、さらにその計画は補助事業終了後における一定率以上の付加価値額増加を見込むものでなくてはなりません。
対象となる経費は、業態転換などにかかるシステムの開発・導入費のほか、建物や機材、広告費や外注費など幅広く設定されています。補助率は中小企業の場合で最大3分の2、中堅企業で最大2分の1です。
補助金額の上限は従業員数によって異なり、20人以下であれば最大2,000万円、21人~50人は最大4,000万円、51~100人が最大6,000万円、101人以上は最大8,000万円とされています。
事業再構築補助金の「回復・再生応援枠」について
回復・再生応援枠は、新型コロナウイルス感染症拡大の影響を受け、現在においても引き続き厳しい状況に置かれる中小企業などに対して、事業の再構築を応援する補助金です。
補助対象となる企業は、通常枠に定められる「売上高の減少」や「支援機関と共同しての事業計画策定」といった要件を満たしたうえで、回復・再生応援枠のみに定められる要件(回復・再生要件)もクリアする必要があります。
具体的な回復・再生要件は、「2021年10月以降のいずれかの月の売上高が対2020年又は2019年同月比で30%以上減少していること」(売上高ではなく付加価値額による算定も可)もしくは「中小企業活性化協議会等から支援を受け再生計画等を策定していること」とされています。
補助率は中小企業の場合で4分の3と、通常枠に比べて高い設定です。補助金額は従業員数5人以下の場合で最大500万円、6人~20人で最大1,000万円、21人以上は最大1,500万円とされ、補助対象となる経費は通常枠と同様に、幅広く設定されています。
なお、回復・応援枠で不採択となった場合は、通常枠で再審査の対象となります。回復・応援枠の申請に必要な書類は、通常枠で必要な書類をすべて含んでいるため、重ねての申請は必要ありません。
ここに挙げた「通常枠」と「回復・再生応援枠」以外にも、事業再構築補助金は企業の現状に応じてさまざまな枠を設けています。自社の状況を鑑みつつ、適した補助制度を活用することが、回復への第一歩になると考えられます。
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